父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「もしかしたら僕の専門を忘れちゃった?」
「まさか。血液内科の敏腕名医です」

「そんなお世辞を僕は教えたっけ? それ過大評価だよ」
 控えめな羽吹副院長らしく照れくさそう。

「動物用の血液バンクセンターを作る計画があるんだよ。ただひとつだけ問題があるんだ」

 問題ってなに? 私の疑問が声に出る前に羽吹副院長の口が動いていた。

「資金援助が必要なんだよ」 
 穏やかな優しい声が今にも泣きそうに私の耳に入る。

「羽吹副院長のところなら潤沢な資金を持っていらっしゃるじゃないですか」

「院長が分院として、また医療センターを作るんだ。そちらに資金は流れるんだ、困ったよ」
 光沢のあるテーブルを長い人差し指が、時を刻むように叩いている。

「察しが良い伊乃里くんのことだ。男のプライドも副院長としてのプライドも捨ててお願いしたいことがあるんだ」
 
 リズム良く叩かれていた人差し指は止まり、両手の指はテーブルの上で強く握られ、真っ直ぐな瞳が私を捉えて離さない。

「七百万を用立てしてほしいんだ」
「えっ?!」
 思わずすっとんきょうな声が出た。
 そんな大金すぐに用意出来ない、突然すぎる。

「驚かせてごめんね」
 頭の中では、たくさんの七百万って文字がくるくる回っている。

「もちろん借用書もある、頼めるのはきみしかいないんだよ」
 私しかいないのか。

 私がYESと首を縦に振るまで息づまるような緊張感の中、沈黙が続くのか。
 カップから少し視線を上げると水平に結ばれたままの唇が見えた。

「やっぱり聞かなかったことにして。無理だよね」
「いいえ、そんなことないです!」
 体は自然と前のめりになって反射的に首を横に振って否定する。

「すべては動物のためです」

「そうなんだよ、それだ! すべては動物のためなんだよ。僕も血液バンクセンターのためなら借金をしてでもカンパしたいよ」

「日本にも血液バンクセンターが出来たら助かる命が増えます。せひ協力させてください」

「ありがとう、頭を上げて。僕こそ頭を下げる立場だ、恩に着るよ」
 言うや否や羽吹副院長が携帯を持ったと思ったら、数分後に私の携帯が鳴り出した。

「そうとなったら話は早い、善は急げ。早速、振込先をメールで送ったよ」
 私の返事も聞かずにカバンの中から、おもむろに資料を取り出している。

「説明させてね」
 一歩でも早く実現に近付けたいのか羽吹副院長の瞳は輝き嬉しそう。

「お願いします」
 二人で資料に目を落とした瞬間、背後に立つ人の気配を感じた。なんか背中に熱気も感じる。