父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「ただ会いたいとしか言われていないんだよな?」
「そうですよ、会いたいって」

「それだけで大騒ぎして自意識過剰も甚だしい。無駄に使った俺の時間を返せ」
 裾を縫うのに集中して、私の話はBGMだったくせに。

「言われてみれば羽吹副院長の気持ちも変わっているかもしれませんね」
「顔に出ている、ホッとしたと」
「ぜ、全然、なんとも。ハッ、笑っちゃいますわ」

 ふだん冷静なのに、なにを動揺しているのよ。
 
 と、着信音の音にバネが飛んだように跳ね上がった。

「うわっ羽吹副院長だ」   
 携帯の画面に目を落とすと、戸根院長から「用件は?」と聞かれたら携帯を落としてしまった。 

「なに動揺しているんだ?」
 慌てて拾った携帯をスッと手から奪われた。

「ちょ、ちょっと! 人の携帯勝手に見ないでください! 返してください!」
 
 椅子に座ったままの戸根院長なのにリーチが長くて、私との差がありすぎる。取り返しに行っても無理だ。

「私に叱られたいんですか?」
 冷静に冷静に。
「明日会えるかという質問にYESと打ち返しておいた」
「明日?!」
「どうせ伊乃里は暇だ」
 確信を持つ言い方。悔しいけれど暇なのよ。  

「場所指定して来たぞ。二年前にコーヒーを飲んだ店だそうだ。了解、現地集合と打ち返しておいた」

「YESや了解ってなんですの?」
 落ち着け、私。
「羽吹副院長になんて言葉遣いなんですか!」
「散々世話になった相手に対して礼儀知らずだよな」

「勝手に打っといて、なにを他人事みたいに」
 食い縛る歯と歯の隙間から、ようやく声をふり絞る。

「ずいぶんとご機嫌だな」
「どこがですか! しかも現地集合ってタメ口で」
 なんじゃ、それ! 握った拳がぶるぶる震えそう。
「ホント、許しませんよ」
「待て」
 踵を返す私の腕をがっつり握られ、すくっと立ち上がったと思ったらドクターコートに触れられた。

「なにするんですか、咬みつきますよ、吠えますよ」
「お前は犬か」 

 第一ボタンに指をかけられた瞬間、フラッシュバックで反射的に払い除けた。

「やめてよ!!」
「どうした?」
「すみません」
「それなら自分で脱げ」

 全身から血の気が引いて手先が冷たくなり、足先はしびれる。

「ごめんなさい、息が苦しいです」  
 あの日のことが脳内のカメラのシャッター音と共にぐるぐる回り出す。

「紅しょうがの汁を取るから脱げ、よくシミが気にならないな」
 私の心身の変調を気にも止めない。
 ある意味、オロオロされない方が気持ち的には楽かも。

「早く脱げ、貸せよ」
 紅しょうがの飛び汁なんて、こんなちっちゃい話。
 どうでもいいことにこだわる変人に笑いが込み上げてきた。

「はい、どうぞ」
「この赤いシミを抜き真っ白にさせる。ハマるんだ、やりがいがある」
 おとなしくなるから気の済むまでやっててください。

「失礼します」
「あとは明日、急患がないことを祈っておけよ」

「はいはい、はいはい、最高に楽しい時間を過ごして来ますよ」
「報告を楽しみに待っている」

 なんなのこの人!