「こんばんは、カラオケいかがですか?」
カラオケ店のスタッフに呼び止められた。
「や、けっこうです」
断る戸根院長の隣を歩く。今、キスをしようとした?
頬と頬が触れた気がした。
❋❋❋
その後、何事もなかったような態度で今朝からずっと戸根院長の様子は、いつもと変わらない。昨夜のはいったいなんだったの?
昼休みになり、入院室に行ったら戸根院長が患畜の様子を見て回っている。
「お疲れ様です、そろそろ休憩して来てください。私代わります」
「ありがとう、その前にフィオナの飼い主に電話をする」
戸根院長は処置当日はもちろん、今朝も電話をかけてフィオナの様子を聞いていた。また電話って、なにをまだ話したいの?
「あらららら、お水引っくり返しちゃったのね。気持ち悪いね、今すぐ代えてあげるからね」
梨奈ちゃんが昼休憩やお使いとかで居ないときは、私や戸根院長もアニテクと同じことをこなす。
結局、獣医師ってなんでも屋だから。大好きな動物のためならなんだってする。
患畜を脇に抱え、ケージの敷物を取り替えている最中にも、戸根院長が電話で話しているのが耳に入ってくる。
今の電話でも今朝みたいに同じように様子を聞いたり説明したりして、しばらく話してから電話を切った。
「飼い主から、いたく感激されましたでしょう」
「おてんばで食いしん坊のフィオナが、どうしているか気になるから当然のことをしたまでだ」
飄々とした口調に顔はクールに決めて澄ましている。
患畜に注ぐ、その深い愛情は当然じゃない。
飼い主たちにとっては心に優しく響く温かな気遣いなのに無自覚なのね。
「フィオナの様子はいかがですか?」
おとなしくしているかな。
「ずっと元気に遊び回って食欲もあるそうだ」
「さすがラブの中でも、やんちゃな黒ラブなだけありますね」
ラブは毛色によって性格が違うから見ていて面白い。
子犬時代の黒ラブにキャッチコピーをつけるのなら、さしづめ“やんちゃな暴走破壊王”といったところか。
フィオナ、聞いている?
あなたたち黒ラブちゃんたちが毎日安全で健康に暮らせているのは、飼い主のきめ細やかな気配りのおかげだと感謝しなくちゃだよ。
「まずは安心しました。フィオナ、お願いだから、もうこれに懲りて異物を飲み込まないで」
「そこは飼い主に用心してほしいところだから何度も伝えた」
「初心者が大型犬を飼うだなんて無知で無茶な飼い主ですものね」
無知って恐ろしい。
「ご馳走たっぷりのクリスマスとお正月が今から心配だ」
鼻先に人差し指をあてて擦っている。また細かいことを心配している。
「大丈夫ですよ、またやらかしても私たちがいます」
「未然に防ぐのも獣医師の仕事だ。フィオナは伊乃里の技術を飼い主に誇示するために生きているのではない」
「分かっていますったら。それより年末年始がくるのは、あっという間ですね」
「本当かよ、切り替えが早すぎるんだよ」
呆れたように横目でチラリと見られた。
「クリスマスのチキンやお節料理の串もの、誘惑がたくさんありますよね。特に食いしん坊たちはやらかしそうですね」
「鶏肉の骨は噛んでも裂けずに尖ったままだから、まるでナイフを飲み込むようなものだ」
口を一文字に結び、考えを巡らせているみたい。鼻先に人差し指をあてて擦っている。
「時期が近くなったら、フィオナの飼い主に何度か電話をしておかないといけないな」
「十二月に入ったら診察時にも飼い主たちに呼びかけます」
「そうしてくれるとありがたい。毎年ある事故だ、オーナーが注意をしていれば未然に防げる」
お前がバディなら心強いと言った戸根院長の力になり、無事に年末年始を乗り越えよう。
カラオケ店のスタッフに呼び止められた。
「や、けっこうです」
断る戸根院長の隣を歩く。今、キスをしようとした?
頬と頬が触れた気がした。
❋❋❋
その後、何事もなかったような態度で今朝からずっと戸根院長の様子は、いつもと変わらない。昨夜のはいったいなんだったの?
昼休みになり、入院室に行ったら戸根院長が患畜の様子を見て回っている。
「お疲れ様です、そろそろ休憩して来てください。私代わります」
「ありがとう、その前にフィオナの飼い主に電話をする」
戸根院長は処置当日はもちろん、今朝も電話をかけてフィオナの様子を聞いていた。また電話って、なにをまだ話したいの?
「あらららら、お水引っくり返しちゃったのね。気持ち悪いね、今すぐ代えてあげるからね」
梨奈ちゃんが昼休憩やお使いとかで居ないときは、私や戸根院長もアニテクと同じことをこなす。
結局、獣医師ってなんでも屋だから。大好きな動物のためならなんだってする。
患畜を脇に抱え、ケージの敷物を取り替えている最中にも、戸根院長が電話で話しているのが耳に入ってくる。
今の電話でも今朝みたいに同じように様子を聞いたり説明したりして、しばらく話してから電話を切った。
「飼い主から、いたく感激されましたでしょう」
「おてんばで食いしん坊のフィオナが、どうしているか気になるから当然のことをしたまでだ」
飄々とした口調に顔はクールに決めて澄ましている。
患畜に注ぐ、その深い愛情は当然じゃない。
飼い主たちにとっては心に優しく響く温かな気遣いなのに無自覚なのね。
「フィオナの様子はいかがですか?」
おとなしくしているかな。
「ずっと元気に遊び回って食欲もあるそうだ」
「さすがラブの中でも、やんちゃな黒ラブなだけありますね」
ラブは毛色によって性格が違うから見ていて面白い。
子犬時代の黒ラブにキャッチコピーをつけるのなら、さしづめ“やんちゃな暴走破壊王”といったところか。
フィオナ、聞いている?
あなたたち黒ラブちゃんたちが毎日安全で健康に暮らせているのは、飼い主のきめ細やかな気配りのおかげだと感謝しなくちゃだよ。
「まずは安心しました。フィオナ、お願いだから、もうこれに懲りて異物を飲み込まないで」
「そこは飼い主に用心してほしいところだから何度も伝えた」
「初心者が大型犬を飼うだなんて無知で無茶な飼い主ですものね」
無知って恐ろしい。
「ご馳走たっぷりのクリスマスとお正月が今から心配だ」
鼻先に人差し指をあてて擦っている。また細かいことを心配している。
「大丈夫ですよ、またやらかしても私たちがいます」
「未然に防ぐのも獣医師の仕事だ。フィオナは伊乃里の技術を飼い主に誇示するために生きているのではない」
「分かっていますったら。それより年末年始がくるのは、あっという間ですね」
「本当かよ、切り替えが早すぎるんだよ」
呆れたように横目でチラリと見られた。
「クリスマスのチキンやお節料理の串もの、誘惑がたくさんありますよね。特に食いしん坊たちはやらかしそうですね」
「鶏肉の骨は噛んでも裂けずに尖ったままだから、まるでナイフを飲み込むようなものだ」
口を一文字に結び、考えを巡らせているみたい。鼻先に人差し指をあてて擦っている。
「時期が近くなったら、フィオナの飼い主に何度か電話をしておかないといけないな」
「十二月に入ったら診察時にも飼い主たちに呼びかけます」
「そうしてくれるとありがたい。毎年ある事故だ、オーナーが注意をしていれば未然に防げる」
お前がバディなら心強いと言った戸根院長の力になり、無事に年末年始を乗り越えよう。



