父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「朝五時から麻酔機の準備をして、手術に入ってから食事交代があるはずだったのに忘れられて、夜十一時までなにも口にせずにひたすら麻酔管理をしていたことがあったんです」

「食べ物の恨みは恐ろしいってやつだな」 

「信じられなかったですよ、酷くありません?」 
「薄情な奴らだな」

「あれから、私は食べられるときに食べておく習慣が身に付きました」
 あのときのことは一生ずっとずっと忘れない。

「おい、ライオン。腹は満たされたか?」

 話しながら、私の脇にある醤油の瓶や紅しょうがの入れ物を元の位置に戻したり、テーブルをウェットティッシュで拭いている。

 満足したのかきれいに折りたたんだウェットティッシュを袋に入れ、自分のお盆の上に置いた。

 未開封みたいにきれい。私のウェットティッシュも袋もぐしゃぐしゃ。
 お盆の上も丼、鉢、小鉢ってきれいな正三角形で置かれている。

「行きましょうか」
「ああ」
 戸根院長がドアを開けると正面から受ける風は顔全体が強ばるほど寒い。 

 二人にひとりがコートを着る季節。朝はこんなに寒くなかったのにな。
 ううう、寒い。寒さを防ごうと両腕をしっかりと胸の前で組む。

 ふわりと包み込まれる温かさに反射的に振り返った。

「暑っい。食べたら体が温まった」
「ありがとうございます、とても温かい」
「コートが邪魔になっただけだ」

 店を出て数歩進んだら、うしろから腕を引き寄せられ、強い瞳でじっと見つめられて視線の逃げ場が無い。

「紅しょうがか。ひっつめ髪にまで紅しょうがを飛ばす勢いで食べていたのか」 
 やわらかな瞳になり、ティッシュで紅しょうがを取ってくれた。

「なんだ、びっくりした。じっと見てるから」
 視線をそらして独り言が漏れる。ドキッとさせないでよ。

「一心不乱に食べる姿が生き物の真の姿なんだと思ったら、美味しそうに食べるお前が愛しく想えた」

 愛しく感じる着眼点が普通の人と違う。

「髪の毛もおろせ。少しは襟足の寒さを防げる」
 しなやかな指先がすっと私の髪の毛に触れ、ヘアゴムを外す。
 さっきからドキドキさせてなんなのよ。

「行きましょ」
 歩き出そうとしたら、また腕をつかまれ引き寄せられた。今度は目の中に玉ねぎでも入っている?

 ん、あ、なに? 20センチは差がある戸根院長の視線がだんだんと近付く。 
 キスされるっ。体が強ばり動けない。

 ──無理だ、あの日のことがよみがえる──