父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

 そんなことを考えながら戸根院長を見送り、まだ眠っているフィオナを確認してから器具の片付けを始める。

 大型犬は麻酔から覚めるまで小型犬より長い。十数分かかって意識が戻って目を開いた。

 ここから麻酔から覚めるときの、ふらつきが治まるまでに約二時間かかる。

 あずかりの際に逆算でだいたいのフィオナの帰宅時間を飼い主に伝えておいてくれた梨奈ちゃんもさすがだ。

 ほぼ逆算通りにフィオナは帰宅した。

 お迎えのときに戸根院長が『やっぱり、お父さんとお母さんが良いんですね。僕が呼んでも、こんなに喜ばないですよ』って言ったら、ご夫妻そろって笑顔になった。

 飼い主を立てる喜ばせ方が上手だな。

 戸根院長は内視鏡の結果説明をしたあとに、初めて犬を家族の一員に迎えるご夫婦に、大型犬の飼い方や躾や注意点を分かりやすく教えていた。

『フィオナちゃんが悪いことをしないように飼い主さんが知恵を使って、フィオナちゃんの行動をしっかり先読みしながら接することが大切です』
 
 戸根院長がいちばん言いたかったことはこれかな。穏やかで優しい口調ながらガツンと胸に響くことを最後に伝えていた。

「今日も一日お疲れ様です」
「お疲れ。ありがとう、助かった」
「任せてください。内視鏡のプロですから、いつでもいけます」

「頼もしいバディだ。そうだ、丸田マロの飼い主が伊乃里の治療を受け入れたときに感謝の言葉を述べたそうだな」

 丸田さんが戸根院長におっしゃったそう。

「はい。受け入れてくださってありがとうございますって伝えました」

「飼い主にそんな礼を言う奴初めてだ。お前、俺を感動させるなよ」

 穏やかな空気が流れる沈黙の中、お腹がぐうっと鳴った。

「誰だ、お前か? フィオナの焼き鳥食えよ」
 この変人が。誰が食べるのよ、やなこった。

「食事でも」
「本当は優しい、さすが戸根院長!」 

「して帰ってやってもいい。行きたいなら連れて行ってやっても構わない」

「私なら連れて行ってもらっても構わないですよ。私のプライベートの時間あげますよ」

「一分一秒、俺の時間を無駄にするな、さっさと着替えて来い」
「さすがエリート脳神経外科。一分一秒の大切さをよくご存じで」

 休憩室に入るとさっさと着替えて三分ほどで出て来た。

「お待たせしました」  
「早いな、まったく待たされていない」
「戸根院長の一分一秒を無駄に出来ませんから」

「グッチャグチャだな、なにもかもが。伊乃里が整えるぐらいは待てる」

「少しの整容の乱れぐらいでは人は死にはしません。それよりお腹すいた、早く行きましょ」
「これを少しと言うのか」
「まぁ、細かいことは気にしないで。ダメだぁ、お腹すいた」

 二人で戸根を後にした。