父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「ご飯ですよ、今食べないでいつ食べるんですか」
 戸根院長に凄く名残惜しそうな目で送られた。

 サラリーマンやOLにまじってスクラブにドクターコートの出で立ちは、街中でも牛丼屋でも目立ちまくり。

 単に好奇心だけなのか気軽に声をかけてくる奴らがいる。俗に言うナンパってやつだ。

 そんな暇人相手にしていられないから、多忙なおっさんみたいに牛丼をかっこんで、とっとと店を出た。

 生卵を乗せて紅しょうがたっぷりの牛丼が美味しかったこと。最後の晩餐は牛丼だ。

「あぁああ、美味しかった、ただいまです」

「おかえり、それで腹いっぱい食って来たのか。脂肪がついていない分、もっと体力つけろよ」
  
「エッチ、セクハラ、セクハラ」
 眉を膨らませて唇を微かに震わせて無言で静かに怒るから、真面目な戸根院長をからかうと面白い。

 束の間の昼休み。こんな感じでコミュニケーションをとって楽しむのも良い。

「着信音だ、えぇっとどこだ?」
 着信音がこもって聞こえてくる。
 
「その汚い伊乃里のデスクの左側の山の中だ」
「ここですか、ありがとうございます」
 ザクッと腕を入れて携帯を引き抜いた。
 
「よく崩さずに取り出せるな」
「手術のエキスパート消化器外科ですから」
「関係ない」

「しかし戸根院長凄いですね、よく私の携帯の場所分かりますね」
「いつも見ているからだ」 

「もしかして、私のこと気になっちゃったりしてます?」 

「違う。汚いデスクの上を眺めながら、こうにはなりたくないと反面教師としてだ」

「さすが脳神経外科。普段からちまちま、ちまちま、ちっさな細かな点が気になっちゃうんですね」

「ちまちまだと?」

「まぁまぁまぁまぁ落ち着いて。仕事上、脳神経外科は異変にも気付く必要がありますもんね」

 さてと誰からかな。携帯を開くと羽吹副院長からのメールにびっくり。急に思い出したようにどうしたの?

 院長になったとか? 結婚報告かな? 興味津々に読み進めると近況は相変わらずで会えたら良いなって。
 
 振り乱したひっつめ髪にメイクは眉毛をちょこっと描くだけ。花粉症を期にやめたコンタクトの代わりにメガネもかけずに、なんとか見える裸眼が頼り。

 しっかりとアイメイクを描いた二重まぶた、しっかりとリップを引いたぷるんとした唇をした二年前の私はもういない。

 女を棄てた。

 ─────そう、あの日から─────