季節はずれの桜の下で


 絶望的な気持ちで地面についた手をぎゅっと握りしめたとき、

「大丈夫?」

 ふと、聞き覚えのある声がした。

 はっとして顔をあげると、目の前に桜介くんがいる。

 驚いて目を見開くと、桜介くんはわたしの前にしゃがんで笑いかけてきた。

 首をかしげながら目を細める桜介くんの表情はいつも通りにやさしくて、わたしには彼が幽霊だなんて信じられない。

 桜介くんが桜の木の下の幽霊だなんて、なにかの間違いなんじゃないか。

 そう思って桜介くんに向かって手を伸ばす。だけど、わたしの手は彼の手に触れることなく、すり抜けてしまう。

 ショックを受けるわたしに、桜介くんが「ごめんね」と謝ってきた。

「……どうして?」

「ほんとうは、おれは心桜ちゃんとあまり仲良くなっちゃいけなかった。でも、誰かと話せたのはひさしぶりのことで、嬉しくて、心桜ちゃんにほんとうのことを言えなかったんだ」

「ほんとうのことって……。桜介くんが桜の下の幽霊だってこと?」

「そう……。ほんとうのおれは何十年も前におれの人生から逃げ出したんだ」

「嫌がらせのせい……?」

 わたしの質問に、桜介くんが悲しそうにうなずく。

 わたしがみさとちゃんに嫌がらせを受けていることを打ち明けたとき、桜介くんもクラスになじめていないことを教えてくれた。わたしと同じように、嫌がらせを受けてたって。

 クラスでうまくいかなくて、桜の木の下でいつもたったひとりで。きっと、悲しくて苦しかったはずだ。

 それで、十五歳だった桜介くんは自らの命を絶ってしまった。

 どうして、わたしはそのときの桜介くんと出会うことができなかったんだろう……。そのときも、今も、桜介くんの役に立てない自分が悔しい。