季節はずれの桜の下で


 わたしは小さく首を横に振ると、制服のポケットからスマホを出した。

 わたしは取り憑かれてなんかないし、おかしくもない。

 それを文字で伝えようと、大和くんの腕を後ろに引っ張ったとき。

 ブーン……。

 突然、うるさいくらいの大きな音が聞こえてきた。

 振り向くと、桜の木の幹に電動ノコギリが当てられていて、さーっと血の気が引いた。

 お願い、やめて……!

 大きな声で叫びたいけど、こんな大事なときにも、喉が詰まって言葉が出てこない。

 でも、なんとかして止めなきゃ。桜介くんの居場所がほんとうになくなっちゃう。

 桜介くん……。

 わたしが彼の名前を呼ぶように静かに唇を動かすと、それに気付いた大和くんが大きく目を見開いた。

「え、なに? 心桜、今、何か言った?」

 わたしの腕を離した大和くんに、一瞬の隙ができる。

 わたしは大和くんの手を振り払うと、桜の木に向かって駆け出した。

「心桜! そっち行くともう危ないって!」

 大和くんの声が、わたしを追いかけてくる。

 捕まらないように焦って走る速度をあげようとしたら、足がもつれて前に転んだ。

 そのあいだにも、ブーン、ガリガリッと木が削られる音が聞こえてくる。

 だめだ……。桜介くんのこと、守れない……。