季節はずれの桜の下で


『おれは、桜の木の下の幽霊だから』

 桜介くんにそう告げられた日の夜、わたしはなかなか眠ることができなかった。

 ベッドに入ってからも、わたしの前で姿を消してしまった桜介くんのことばかりが頭に浮かんでしまうのだ。

 桜介くんは、わたしだけに見えていた幻だったのかな。

 夜中ずっと考えても、心の整理はつかないまま。朝が来てもベッドから起き上がれず、迎えに来てくれたハルちゃんには先に学校に行ってもらった。

 いっそのこと、今日は学校を休んでもよかったけど……。風邪をひいたわけでもないし、お母さんにあまり心配はかけたくない。

 それに、桜介くんにこのまま会えなくなるのは嫌だった。

 知り合ってからまだ一週間も経っていないけれど、わたし桜介くんに会えてよかったと思ってる。

 校庭の桜の木の下は、わたしにとって大切な居場所。

 幽霊でもなんでもいいから、わたしは桜介くんに会いたい。

 でも……。一時間目を遅刻して学校に行ったわたしは、すぐに桜の木のそばに向かうことができなかった。

 きのうまではまだ少し残っていた校庭の桜の花が、完全に散っているのを見てしまったのだ。

 ウワサでは、桜の木の下の幽霊は花が咲く頃にあらわれるらしい。

『おれが心桜ちゃんと会えるのは、桜が咲いてるあいだだけなんだ』

 桜介くんがそう言われたときは、どうしてって思って悲しい気持ちになったけど……。桜介くんが桜の木の下の幽霊だってわかった今なら意味がわかる。

 桜介くんは知っていたんだ。

 桜の花が咲いている時期しか、わたしに姿を見せることができないってことを。

 もしかしたら、きのうが最後のお別れの日だったのかもしれない。

 もう、桜介くんには会えないかもしれない。

 桜の木の下に誰もいないときのことを考えたら……。怖くて、桜介くんに会いに行く勇気が出ない。

 結局、わたしは桜の木のそばには行かず、二時間目の授業から出席した。

 だけど、授業中もずっと桜介くんのことが気になって仕方なくて。

 桜介くんのところに行くべきかどうか迷っているうちに、一日が過ぎていった。