季節はずれの桜の下で


 ドクン、ドクンと。少しずつ鼓動が速くなる。

 誰もいないってどういうこと……? 桜介くんは、ちゃんとそこにいるのに。

「まさか、あのウワサってガチのやつ? 心桜に見えてるのって、男の幽霊? だったら、ヤバいじゃん」

 大和くんが、わたしのそばでなにかぶつぶつ言っている。

「心桜、早く行こう。もし心桜におれには見えない何かが見えてるなら、もう絶対ここに来ちゃだめだ。じゃないと、連れてかれるぞ。桜の木の下の幽霊に」

 めずらしくこわばった顔をした大和くんが、わたしの肩を押して桜から引き離そうとする。

 それでも、わたしが桜介くんのほうを振り向こうとすると、大和くんがわたしの目の上に手のひらを押し当ててきた。

「見るな。かわいそうとか思うと、憑りつかれる」

 視界をさえぎられたわたしの耳に、大和くんの低い声が聞こえてくる。その声が少し動揺しているような気がして、わたしを不安にさせる。

 いつも堂々として、自信たっぷりな大和くんの様子があきらかにおかしい。大和くんには、ほんとうに桜介くんが見えてないんだ……。

 だったら、桜介くんは——?

 目隠しする大和くんの手を両手でつかんで、そっとずらす。

 そのとき、桜介くんが少し前に進み出てきた。わたしと目が合っていることを確かめながら、桜介くんが地面に落ちているコミック本に手を伸ばす。それを拾おうとした桜介くんの手が、コミック本をつかめずにすり抜けていく。

 桜介くんが落としたコミック本を拾っていなかったのは、触れなかったから——?

 大きく目を見開くわたしを見て、桜介くんが困ったように肩をすくめる。

 大和くんの言うとおり、桜介くんは桜の木の下の幽霊なの……?