「心桜っ! おまえ、声……。今、誰かに話しかけてなかった?」
振り向くと、大和くんが青い顔でわたしを見つめてきた。
誰か、って……。桜介くんだよ。どうして、そんな変なこと言うの……? 桜介くんとふたりだけのときは自然に話せたのに。
大和くんにじっと見つめられた途端、わたしの喉がひゅっと鳴る。声の出し方がわからなくなる。
前にわたしが声を出したときも、からかってきたのは大和くんだったから。大和くんに話しかけられるのが、どうしても、誰よりいちばん苦手だ。
わたしの代わりに、桜介くんが大和くんにうまく伝えてくれないかな……。わたしが教室には戻りたくないってこと……。
すがるように桜介くんのほうに視線を向けると、彼が困ったように眉を下げて、小さく首を横に振る。
やっぱり、それは自分で伝えなきゃいけないか……。
スマホを取り出して文字を打とうとすると、
「心桜、早く桜から離れろ」
大和くんが、警戒するような声で言った。
抵抗するように首を横に振ると、大和くんがわたしの肩を自分のほうに引き寄せる。
「……っ!」
突然のことにびっくりして声にならない悲鳴をあげるわたしに、大和くんが低い声で言った。
「なあ、心桜。心桜が見えてる桜介ってやつ、おれには見えないんだけど」
え……?
おどろくわたしの目を大和くんが真っ直ぐに見てくる。
「桜の木の下には、誰もいない」
ゆっくりとそう言う大和くんの目は、わたしに意地悪しているようにもウソをついているようにも見えなかった。



