「あ、おい。心桜っ!」
呼び止める大和くんの声を無視して必死に走る。そんなわたしの耳に、大和くんの言葉がよみがえってきた。
『もしかして……、桜の木の下に幽霊でも見えてんの……?』
違う、違う………! 桜介くんが幽霊なんて、そんなことあるはずない。
ブンと頭を振って前を向いたわたしは、桜の木の下に桜介くんの姿を見つけた。
ああ、よかった。さっき、一瞬だけ姿が見えなかったのは、きっとわたしの勘違い。
桜の木を取り囲む柵をつかむと、わたしはそこから身を乗り出すようにして彼の名前を呼んだ。
「桜介くん……、わたし、やっぱりここに……」
桜介くんのそばに戻ろうと柵に足をかけたとき、わたしはふと、地面に何かが落ちているのに気が付いた。
わたしが桜介くんに貸すために持ってきたマンガだ。
気付けばカバンの中から一冊なくなっていて、どこでなくしたのだろうと思っていたのだけど……。桜の木の下に落としていたらしい。
きのうの夜の雨で、地面に落ちたマンガ本はすっかり汚れてしまっていた。
「それ、貸そうと思ってたマンガの続きだよ。拾っておいてくれればよかったのに……」
汚れたマンガを指さしてそう言うと、桜介くんが「そうだね」と少しはかなげにほほえむ。
「中身が濡れてないといいけど……」
マンガを拾うために柵を乗り越えようとすると、
「心桜!」
後ろから肩をつかまれ、引っ張られる。



