季節はずれの桜の下で


「おはよう、桜介くん」

 桜の木を囲む柵を、よいしょと乗り越えると、桜介くんがちょっと驚いた顔をした。

「おはよう。今日はずいぶん早いね」

「うん。わたしも、今日から教室には行かないことにした」
 そう宣言すると、桜介くんが少し眉を寄せながら指でメガネを押し上げた。

「行かないことにした、ってどういうこと? またなにかあったの?」

「なにもないよ。でも、教室には行かない。話せないわたしは、教室にいたって空気みたいなものだから」

 そう言うと、桜介くんが淋しそうな目でわたしのことを見てきた。

 桜介くんは、きっとわたしのことを心配してくれているんだと思う。

 でも、わたしは教室にいるよりも桜の木の下で桜介くんといっしょにいたかった。

「そうだ。今日は桜介くんが読んでたマンガの続きを持ってきたよ」

 おとうさんの本棚から借りてきたマンガを見せると、桜介くんの表情が少しほころぶ。

「ほんとうに持ってきてくれたんだ?」

「約束したから」

「ありがとう」

 桜介くんにマンガを渡そうとしたそのとき。

「心桜! こんなところでなにやってんだよ」

 突然、柵の向こう側から大きな声がした。

 マンガを手に持ったまま、顔をあげて驚く。柵の向こう側で、大和くんが怖い顔で仁王立ちしていたのだ。

 こっそり来たはずなのに、どうして見つかったんだろう。

 わたしをにらむ大和くんが怖くて、ぶるぶると震える手からマンガ本が落ちた。