季節はずれの桜の下で


「てことで、2対3で洞窟にけってーい!!」

 大和がいたずらっぽく笑って、タブレットにスケジュールを入力していく。

「あ、ずるーい」
「ずるくねーよ」
「ズルだよね」
「うるせー」

 わたし以外の班のメンバー四人が、また楽しそうに話し始める。

 ほんの数分で、またわたしの存在感は消えていく。

 クラスのみんなとわたしのあいだには、いつでも見えない壁があって、わたしはすぐに、透明な、誰にも見えない空気になれる。

 それは、わたしがみんなの前でうまく話すことができないからだ。

 わたし、夏目 心桜は、幼稚園、小学校を経て、中学二年生になった今までずっと、学校で声を出したことがない。

 といっても、声帯の機能に問題があるわけじゃない。

 家で家族の前ではふつうに話せるし、外でも家族とだったら何の問題も会話ができる。

 だけど、学校で、先生やクラスメートたちの視線や注目をあびると、途端に緊張して、うまく声が出せなくなってしまう。

 その症状は、わたしが幼稚園の頃から始まっていた。

 幼稚園の頃は、先生もクラスのみんなも、教室で話せないわたしに優しくて、いつも上手に助けてくれた。

 声を出してしゃべれなくても、うなずいたり、首を横にふったりすれば、わたしの意志は伝わったし、ほんとうにどうしようもなく困ったときは、先生の耳元で小声で話すことで気持ちを伝えることができた。

 だけど小学校にあがると、幼稚園のときよりもみんなの前で話さないといけない場面が増えた。

 朝に出席をとるときの返事、日直が当たった日の号令、授業中の教科書の音読や発表、グループ活動での相談や話し合い。

 そういうとき、上手に話せないのは、小学校のクラスでわたしひとりだけだった。