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桜の木の下で桜介くんと一時間目の授業をサボってから、わたしは教室に戻った。
授業中でも休憩中でも教室で声を出すことがないわたしは、いてもいなくても誰にも気付かれない。
クラスメートの誰にも声をかけられることなく静かに席に座ったわたしに、
「どこ行ってたんだよ、一時間目」
唯一、大和くんだけが声をかけてきた。
クラスの中でのわたしは、存在感のない透明な空気。けれど、誰も意識しない空気の存在に、大和くんだけは必ず気付く。
わたしが声に出して答えられないことをわかっているのに、いつも一方的に、少し強い口調で話しかけてくる。
「なあ、心桜。ガチでどこいたんだよ。保健室?」
大和くんとはなるべく関わりたくないのに。大和くんは、わたしの気持ちを少しも察してくれない。
顔をそらしてうつむくと、大和くんが舌打ちをする。
気に入らないことがあったときの大和くんのクセだ。本人が気付いているかはわからないけど、わたしは大和くんのそういうところも少し怖い。
「まあ、体調不良じゃないならいいけど」
わたしが肩を縮こまらせて怯えていると、大和くんは、不服そうな声でそう言って、わたしから離れていった。
友達が多い大和くんは、毎日わたしに絡んでくるわけじゃない。でも、気になることがあれば、しつこく話しかけてくる。
話しかけられても、わたしが何も答えられないのはわかっているはずなのに。
そういう無神経なところも、大和くんを苦手に思う理由のひとつなのかもしれない。
今日はこれ以上、大和くんに絡まれませんように……!
机の下で手を握り合わせて、心の中で祈る。



