ほとんど衝動的に教室を飛び出したわたしの足が向かったのは、校庭の桜の木。
樹齢五十年の老木は、今日も季節を間違えて、薄ピンクの花を枝いっぱいに美しく咲かせている。
その桜の木の下で、男子生徒がひとり本を読んでいる。桜介くんだ。
軽くうつむいて、ブックカバーのかかった本に視線を落とす桜介くんの横顔はマジメそう。
だけど、カバーの下から出てくるのはきっと、昨日読んでたマンガの続きなんだろうな。考えて、つい、吹き出してしまう。
わたしの笑い声が聞こえたのか、桜介くんが顔をあげた。
「ああ、心桜ちゃん。おはよう」
ふっと優しく笑いかけられて、大和くんの言葉でモヤモヤしていた気持ちが晴れていく。
校外学習に行けなくて、残念なんて思うはずない。
思いきってサボったから、桜介くんと知り合えたんだもん。
「おはよう、桜介くん」
大和くんには嫌なことを言われても何も言い返せなかったのに……。
桜介くんの前では、今日も自然に声が出た。
わたしの症状、少しよくなってきてるのかな。それとも、桜介くんには人をリラックスさせる力があるんだろうか。
不思議だけれど、無理して息苦しい教室にいるよりも、桜介くんと桜の木の下で過ごすほうがずっといい。
そう思ったから、わたしは桜の木を囲む柵をよじ登って乗り越えた。



