季節はずれの桜の下で


 彼が読んでいたのは、何十年と雑誌で連載が続いている人気の少年マンガだったのだ。

 おとうさんが好きなマンガだから、わたしも少し読んだことがある。コミック本はもう百冊くらい出ているのだけど、彼が読んでいるのは十巻。まだまだストーリーは序盤のほうだ。

「なに?」

 ふふふっと声をこらえて笑うわたしを、彼が不満そうに見てくる。

「……、もっとむずかしい本を読んでるのかと思ったから」

 なぜか、ものすごく自然に声が出た。

「いいじゃん、べつに。何読んでたって」

 男の子が、ちょっとふてくされた声で答える。最初に見たときは、マジメでおとなっぽい印象だったけど……。うつむくメガネの横顔は、意外と子どもっぽい。

「そうだけど……。すっごくマジメそうな見た目なのに……」

「見た目で人を決めつけるのはよくない」

「でも、そっちも、先にわたしのこと見た目で決め付けましたよね。マジメそうなのに、校外学習サボるんだ、って」

「……、ああ」

 眉をひそめる男の子を見てクスリと声に出して笑うと、彼がジトッとした目でわたしを見てくる。その顔がおもしろくて、わたしはもっと笑ってしまった。

 クスクス笑いながら、わたしは自分が彼の前で自然と声を出していることに気付いて驚く。

 ふだんだったら、初対面の人とはうまく話せないのに。出会い方がちょっぴり変だったせいか、なぜかわたしはあまり緊張していない。

 声を出そうとして喉がつまることもないし、家族といっしょにいるときみたいにリラックスしてる。

 付き合いの長いハルちゃんとだって、こんなふうに話すのは難しいのに。すごく不思議。