「いらっしゃい」
リュックを持って桜の木の下に座ると、男の子がわたしを見てニヤリとする。
わたしは彼に向かってペコッとおじぎをすると、リュックの中から読みかけの本を取り出した。
桜の幹に背中をもたれて足をのばし、しおりを挟んでいる本のページを開く。前に読んでいたところの続きを目で探していると、
「何読んでるの?」
彼が、横からのぞきこんできた。
わたしが読んでいるのは、長編のミステリー小説。最近お気に入りの作家さんの新作だ。
カバーをはずして背表紙のタイトルを見せると、彼が「おもしろい?」と聞いてくる。わたしはそれに、コクンとうなずいた。
教室で話せないわたしは、小学校の高学年になってから、休み時間によく本を読むようになった。
本の世界に夢中になっていれば、周りの雑音も聞こえてこないし、話せないことも気にならなくなる。
彼は「ふうん」とうなずくと、桜の木の幹にもたれかかって、自分が持っていた本に視線を落とした。
もしかして、この人も本が好きなのかな。
そう思って、彼の読んでいる本を横からのぞく。
何を読んでいるのかな……。おもしろそうな本だったら、タイトルを教えてもらおう。
だけど……。ブックカバーのかけてある本の中身を見た瞬間、おもわず、ふふっと笑ってしまった。



