助けてもらったお礼、言わなきゃ。そう思って話しかけようとしたところで、彼はこちらを振り返り、私の前にしゃがんだ。
「ちょっと熱が入りすぎちゃったかなー」
頭の後ろをかきながら、ころりと笑った彼。天と地ほどの差があるその豹変っぷりに、私は思わず拍子抜けしてしまう。
「立てる?」
「あ、は、はい……」
彼は私にすっと手を差し出した。そこにさっきまでのような、物々しさはない。すっかり今朝の彼に戻っている。
私は彼の手を借りて、ゆっくりと立ち上がった。温かい。なんでだろう。不思議と胸の中が、安心感のようなもので包まれる。
「これ着て。このままだと濡れちゃうから」
すると、彼は自分の着ていた黒のパーカーを脱いで、フードごと私にかぶせた。だいぶサイズが大きくて、全体的にぶかっとした。
「可愛い色じゃなくてごめんね」なんて、ちょっとずれた気遣いをされる。けれど、そんなさりげない彼の優しさを、私は自然体で受け入れていた。
にっこりと微笑んだ彼に、手を引かれる。一瞬、ドキッとした。彼氏歴ゼロの私にとって、男の子と手をつなぐのなんて、それこそ幼稚園の時のおゆうぎ会以来だったから。
あれ、なんかこれって、恋愛小説みたいじゃない? 歩き出してからそう思った。
「ねぇ、君、この先どっか行くあてはあるの?」
「……ない、です」
「じゃあ、今から俺の家、来る?」
彼はさらりと、なんのちゅうちょもなくそう言った。きっと下心もなにもないのだろう。それくらいあっけらかんとしている。
ど、どうしよう。実際、行くあてがなくて困っていたのは事実。それにお金もスマホも持っていない。けれど、かといって、見ず知らずの人の家に行っていいものだろうか。
いや、ダメだろ。そんなことくらい小学生でもわかる。でも、なぜかきっぱり断ることもできない。
「迷惑なんじゃないですか? 家族の人に」
「俺、一人暮らしだから大丈夫!」
「……本当に、いいんですか?」
「うん! むしろ、君が来てくれたほうが嬉しい!」
なんだかんだで、私は彼の誘いに乗ってしまった。よくよく考えたら、あまりにも迂闊だったと思う。けれど、それ以前に、彼が悪い人のようには見えなかった。

