流れ星みたいな恋だった

食卓に行くと、既にお父さんが座っていた。空気が重い。まるで、ここは刑務所かとすら思えてくる。今すぐにでも部屋に引き返したい気持ちを押し殺して、イスに座る。

 少し遅れて、調理器具の後片付けをしていたお母さんも、お父さんのとなりに座った。大した会話もないのは、いつもとあいかわらず。でも、なんだろう、この、普段にもまして張り詰めたような感じは。

 すると、おもむろに無表情のお父さんが、口を開いた。

「結局、今日も、学校には行かなかったんだろう? さっき母さんから聞いた」
「……」

 だから、なんだというんだ。第一、あんなにしつこく言われたら、誰だってはいと答えるしかないじゃないか。

 そう言い返したい気持ちを、膝の上の両手のこぶしに必死に抑えこめる。ずっと黙ったままでいる私に、お父さんはひとつ咳払いをした。

「七星、悪いことは言わない。だから、もう一度、学校を受け直しなさい」

 ……は? 

 一瞬、耳を疑った。なに言ってんの、コイツ――
 
 ガタンと、私はイスから立ち上がった。ふつふつとお腹の底から煮え立つような怒りが、こみあげる。

「ふざけんなっ!!」

 思わず、叩いてしまったテーブル。そばにあったコップが倒れて、中の麦茶が全部、床にこぼれた。

 いきなり声を荒らげた私に、二人はあっけにとられたように固まっている。

「な、七星っ、一旦、落ち着いて……」

 少しして、我に返った様子のお母さんが、慌てて私をなだめようとする。けれど、ダメだった。お父さんの顔を見たら、ますます腹が立って。我慢の限界だった。

「私の気持ちなんか、ちっとも知りもしないでっ。勝手なこと言わないでよ!!」

 今までずっと蓋をしていたはずの思いが、たったこの一瞬にして、せきを切ったように流れ出す。一度、あふれ出したそれはもうどうにもならなかった。

 ぴくりと、お父さんの眉間に刻まれた深いしわが動く。感情任せに、私は一気にまくしたてた。

「ねぇ、お父さん……私、知ってるよ。どうせ、お前はただの出来損ないだって、アンタはずっと前から私にそう言いたかったんでしょ!?」

 その次の瞬間だった。ぺしんという乾いた音が、すぐ耳元で響いたのは。

「へ……?」
 
左の頬が、ひりひりして痛い。一時、なにが起きたのか、わからなかった。いや、信じたくなかった。

「なん、で……?」
「っ……七星、違うのっ、これは!」

 お母さんにぶたれた。普段はおっとりしてて、滅多に怒ることのなかったあのお母さんが。

 これには流石のお父さんも、動揺している。お母さん自身、私に手をあげたことに戸惑っているみたいだった。

 けれど、それよりずっと私の中のショックのほうが遥かに大きかった。

 きっと心のどこかで思ってた。信じてた。

 優しいお母さんだけは、私の味方でいてくれるんじゃないかって。

 でも、それは違った。

 震えた指先で触った左の頬を、涙が伝う。

 ああ、なんかこれ、しんどい。

「もう、いいよ……私もう、この家には一生、帰らないから!!」

 私は家を飛び出した。誰もいない夜の暗闇を、右も左も考えず、がむしゃらに走る。

 しょせん、私は落ちこぼれ以外のなににもなれなかった。そもそもあんなくだらない理由で、受験をしくじった時点で、私は二人にとっくに愛想を尽かされていたのだと、今になってようやく知った。