流れ星みたいな恋だった

ひんやりと冷たい朝の風が、頬をなでる感触に私は目を覚ました。なんだか、なつかしい夢を見ていた気がする。

 まだ寝ぼけているまぶたをこする。慣れない場所で寝たせいか、体のあちこちが痛い。

「あれ……」
 
 はたと気がついた。となりで寝ていたはずの彼の姿が見当たらない。一瞬、昨日の朝の出来事が脳裏をよぎった。

 いや、まさかね。どうせ、どこかに隠れて、私を驚かそうとでもたくらんでいるんだろう。まったく趣味が悪い。

 後ろに手をつきながら重たくなった体を起こすと、私は付近を散策した。

「行き止まりか……」

 彼を探している内に、いつのまにか切り立った崖のふちまで来てしまった。恐る恐る注意を払いながら、下のほうを覗きこんでみる。そんなに高さはないけれど、昨日の雨のせいか、地面が少しぬかっている。

 どこにいったんだろう。そろそろ出てきてくれてもいいのに。

 すっかり途方に暮れた私は、腕を組んだままうなった。しかたない。さっきいた場所までまた戻ってみよう。そう思って、踵を返しかけたその時。

「七星っ!!」
 
 風を切るような誰かの叫び声が、耳をかすめる。まさかと思った。

「お父さん!?」

 予想外すぎて、声がひっくり返る。
 ここまで走ってきたんだろうか。突然、現れたお父さんの髪はボサボサで、激しく息を乱していた。それでも、私を無言でじっと見つめてくる無機質な瞳は、いつものお父さんのものよりもずっと力強くて。私は思わず、たじろいだ。

「……」

 喉がきゅっと締まって、声が出せなくなる。怒られると思った。またあの時みたいに。

 けれど、それは違った。次第にお父さんの視線の先が、私から外れて、ハッと大きく目を見開いた。それとほぼ同時のタイミングだった。

 突然、地面が崩れて、ふっと足元の感覚がなくなった。ぐらりと体の重心が後ろに傾く。落ちる、もはや恐怖すら感じる間もなく、そう悟った次の瞬間だった。

 こっちに向かって、血相を変えたお父さんが走ってくる。

 後のことは、正直、なにが起こったのかよくわからない。ただ、地面に落ちた瞬間、大きななにかが下敷きになって、さほど衝撃を感じなかった。

「……お父、さん?」

 そこには私を庇うように抱きかかえたお父さんが、目を閉じたまま横たわっていた。顔と腕のあちこちに、木の枝にかすれたようなすり傷がある。
 
 どっとの血の気が引いた。目の前の光景が信じられない。

「お父さん――ねぇ、お父さんっ!!」

 藁にもすがる思いで、私はお父さんの肩を揺する。

 なんでこんなことに……もうわけわかんないよっ!

 そんな私の悲痛な叫びが聞こえたのか、お父さんがうっすらと目を開いた。
 
「七星、すまない、俺はずっと……」

 今にも消え入りそうな弱々しい声だった。お父さんのまぶたが、ゆっくりと下がっていく。

「嫌だ、死なないでっ!!」

 私の必死の呼びかけも虚しく、お父さんはまるで眠るように再び目を固く閉ざした。

 やっと気付いた。私は決して、お父さんのことが嫌いだったわけじゃない。ただ答えたかっただけなんだ。お父さんの期待に。




 その後、泣き叫ぶ私の声を聞きつけた管理人さんが、何事かとやってきて、救急車を呼んでくれた。お父さんは今、頭を打ったショックで意識を失ってしまっているらしい。
 
 私は気が気でなかった。救急隊の人達によって、担架に乗せられたお父さんの手を片時も離さず、強く握りしめながら必死に祈った。

 神様、どうかお父さんを助けてください……もう二度と、家出なんてしないからっ。