「よっしゃ、缶蹴ったぁ!!」
「あっ、くそっ! また、春斗かよ!」
私たちは放課後、学校で缶蹴りをして遊んでいた。
夕方になっても変わらない夏の暑さに当てられながら、私たちは垂れてくる汗をそのままに息を切らす。
春斗君が缶を蹴ると、鬼役だった男の子は悔しそうに顔を歪ませる。
「なんだよ、もう少しで全員捕まえられたのによぉ」
「夏樹、俺に勝とうだなんて二万年早いぜ!」
「うるせぇ! 今度は負けないからな!」
ピシッと指をさされた鬼役の夏樹君は、蹴られてしまった缶を拾ってきて、缶を元の位置に戻す。
どうやら、ムキになってまた鬼をやろうとしているみたいだ。
「ちょっと待ってよ。少し休もう。そんなに連続でやられると、こっちの体力が持たないから」
「凛花ちゃんの意見に賛成! 一旦お菓子とか食べて休もうよ」
すると、私の近くにいる女子たちがそんな声を漏らした。
どうやら、女の子たちはもう体力の限界みたいだ。
「僕も賛成だ。水分も取りたいしね」
「凛花も沙耶も大智も体力ねーな。仕方ない、少し休むか」
初めは不満そうな顔をしていた春斗君だったが、大智君の言葉を聞いて仕方なしといった感じで折れた。
私はこくんと頷いてから、みんなの後に続く。
私たちは校庭の端に移動して、荷物の近くに腰を下ろす。
みんなは各々水筒や買ってきたお菓子を食べて休憩をしていた。
「はー、疲れた。男子たち体力あり過ぎでしょ」
沙耶ちゃんはぺたんと座り込んでそんなことを言っていた。
私は沙耶ちゃんの言葉にふふっと笑ってから、水道に向かうことにした。
これだけ暑いんだし、少しくらいは水分を取っておかないと。
「ん? あれ? 俺のお菓子がなくなってる?」
私が水を飲みに水道のに行こうとすると、そんな声が後ろから聞こえてきた。
私は振り向いてそのやり取りを見る。
「え、それさっき食べていいって言われたから、円香食べちゃったよ。良太君、一人一個食べていいって言ってなかった?」
「いや、言ったけどさ。それなら、まだ食べてない俺の分が残ってるはずなんだよ」
円香ちゃんと良太君の会話を聞いて、みんなが何かあったのかと二人の方を見る。
良太君は少し考えてから何かに気づいたみたいで、ハッとした顔で私たちを見る。
「誰か二つ食べたな? 誰だ? 怒らないから手を上げろ」
良太君に言われて、みんながみんなを見るようにキョロキョロとした。
しかし、誰も手を上げることはなく、それを見た良太君はため息を吐く。
「二つ食べた奴がいないわけがないだろ。あのお菓子は人数分しか持ってきてないんだからな」
良太君がむっとした様子でみんなを見るが、みんなはただ首を横に振るだけ。
しかし、一人だけ顔を青くしている女の子がいた。
「……もしかして、人が増えたってこと、かな?」
「人が増えた? 唯、急に何を言ってるんだ?」
唯ちゃんはスマホを取り出すと、素早く操作してからその画面を私たちに見せる。
その画面に表示されていたのは、『学校の怪談特集』と書かれたものだった。
「ほら、『遊んでいると気がつかないうちに人が増えてる』って書いてあるでしょ? これ、結構有名な怖い話なんだよ」
「なるほど、神隠しの逆版ってことか」
大智君は唯ちゃんのスマホの画面を真剣に見ながら、そんな言葉を呟いていた。
大地君の言葉を聞いて、みんながざわっとして顔を青くさせる。
「え、これって怖くない?」
「そうだよね。ていうか、増えてるのに気づかないなんてことあるの?」
凛花ちゃんと沙耶ちゃんは顔を合わせて怖がっているようだった。
みんな顔を引きつらせて、この中の誰かが幽霊ってこと? と言って困惑しているみたいだった
「じょ、上等だ。幽霊だろうがなんだが食べ物の恨みの怖さを教えてやる」
良太君はそう言うと、意気込むように拳と手のひらを合わせてパンっと音を立てる。
どうやら、良太君は怪談の怖さよりも、食べ物を知らない誰かに取られたことに対する苛立ちの方が上みたいだ。
こうして、私たちはこの中にいる幽霊を炙り出す裁判を行うことにしたのだった。
ケース1.幽霊には実体がない。
「単純だろ。幽霊は触ることができない。それなら、隣の奴を触って触れなかった奴が幽霊だ」
どうすれば、増えた一人を見つけることができるのか。
みんなでそう考えているとき、春斗君がそんな案を出した。
みんな初めての事態に困惑しているだけに、春斗君の案に感心するような声を漏らしていた。
「ナイスアイディアだな、春斗。さっそく、試してみようぜ」
夏樹君は大きく頷いてから立ち上がって、春斗君の体をポンっと叩く。
それを見た私たちも夏樹君に続くように立ち上がって、隣にいる人の体を触って透けていないかなどを確認した。
「よっし、これで判明しただろ? 体を触れなかったって人は手を上げて」
春斗君はすでに解決したかのような笑みを浮かべて、私たちを見る。
しかし、その結果は……。
「え? なんで誰も手を上げないんだ?」
春斗君は誰も手を上げないという事態を前に、見開いて驚いていた。
「え、じゃあ、幽霊には実体があるってことか?」
みんな想定していなかった展開だったのか、首を傾げてしまっていた。
しかし、大智君だけは顎に手を置いて何かを考えているみたいだった。
それから少しして、大智君は小さく頷く。
「うん、この方法では幽霊を炙り出すことはできなかったみたいだね。そもそも、実体がないとお菓子も食べられないだろ?」
困惑する春斗君に大智君が冷静にそう言う。
春斗君は何か反論をしようと口をパクパクとさせたが、何も出てこなかったのかガックシと肩を落とすのだった。
ケース2.幽霊は写真に写らない。
「よく心霊写真ってあるでしょ? だから、写真に写らないのが幽霊なんじゃないかな?」
春斗君の案がダメだったので、私たちはまた他の案を考え直していた。
すると、ふと凛花ちゃんがそんなことを口にした。
凛花ちゃんの案を聞いて何人かがあぁっと声を漏らす。
しかし、沙耶ちゃんは少し顔を曇らせていた。
「写真を撮るってこと? それって心霊写真を撮るってことでしょ?」
「まぁ、そうなるかな」
「それ、誰のスマホで撮るの?」
沙耶ちゃんは少し顔をしかめて凛花ちゃんを見る。
心霊写真を撮ったスマホなんて縁起が悪い。
当然、誰だって自分のスマホをいわくつきの物になんてさせたくはないはずだ。
みんなそれは同じみたいで、凛花ちゃんの案に乗ろうとしていた勢いが失速する。
「えーと……誰のスマホにしようか」
凛花ちゃんは気まずそうに頬を掻きながら、みんなをちらっと見る。
しかし、みんなはあからさまに視線を逸らして、自分に白羽の矢が立つことを恐れていた。
……このまま沈黙が続くのだろうか。
しんっとなってしまった空気の中、唯ちゃんが小さく手を上げた。
みんなの目が唯ちゃんに向けられる。
「私のスマホで撮って欲しい。その、心霊写真が撮れたらそれはそれで」
微かに目を輝かせた唯ちゃんの言動に、周りは驚きを隠せなかった。
しかし、自分のスマホが生贄にならないで済んだことに安心したのか、みんなは唯ちゃんの申し出をありがたく受けることにしたのだった。
そして、撮影者も唯ちゃんにお願いして、私たちは並んで写真を撮った。
しかし、その結果は……。
「……みんな普通に映ってる」
「ま、まぁ、心霊写真にならなくてよかったんじゃない? ね?」
写真を覗いてみたが、誰も半透明になるようなことはなかった。
不満げな唯ちゃんを円香ちゃんが宥めて、この作戦も失敗に終わったのだった。
ケース3.共通認識の話題で敵を見破る。
「俺たちしか知らない会話をすればいいんじゃないか? そうすれば、幽霊はついてこれないだろ?」
考えた二つの作戦が失敗に終わったので、私たちはまた別の方法を考えていた。
すると、良太君があっと小さく声を漏らしてからそんな案を出した。
確かにそれは良い案かもしれない。
そんなふうに決まりかけた案だったが、大智君は一人だけ納得していなさそうだった。
大智君はふむと考えてから、良太君を見る。
「俺たちしか知らない会話って、どんなのだ?」
「うーん……例えば、俺の誕生日とか?」
「良太の誕生日? あれ、何月だっけ?」
「おいおい、11月だろ! え、みんなは知ってるよな?」
良太君がみんなを見ると、みんなは視線をパッと逸らして気まずそうにしていた。
私もみんなに合わせるように視線を逸らす。
「えー、嘘だろ」
良太君はさっきまでの勢いを感じないくらい項垂れてしまった。
あまりにもショックを受けている様子を見かねたのか、良太君の代わりに夏樹君が会話を引き継ぐ。
「……別のものにしようぜ。えっと、この学校の正式名称とか?」
もはや、私たち以外でも知っていることではあるが、みんなうな垂れる良太君を見て会話を変えようと努めたのか、その提案を否定する者はいなかった。
その結果……。
「全員が声を合わせて一致したか。他の案を考えるしかないな」
こうして、良太君の案は少しだけしんみりとした結果に終わったのだった。
ケース4.二人組を作って、パートナーのことを知っているか確認する
「一人増えた幽霊が何者かはみんな分からないはずだ。だから、二人組を作って、相方のことを知らなければそいつが増えた一人だ」
それから、私たちはまた幽霊をあぶり出す方法を考えた。
色々と案を出して、あーでもないこーでもないと言っていると、大智君が深く頷いてからそんな案を口にした。
今までの意見が出たときよりも、みんな前のめり気味に大智君の言葉を聞いていた。
「確かに、増えた一人のことは誰も知らないわけだし、それなら分かるかもしれないな」
すっかりいつもの調子に戻った夏樹君は、おおっと声を漏らして大智君の言葉に頷いていた。
「ちなみに、どのくらい知ってたらいいの?」
凛花ちゃんがそう言うと、大智君はふむと考える。
「学年、組、名前、どんなキャラなのか、何が好きなのか、初めて会ったのはいつか。これらを頭の中で思い浮かべて、少しでも変だと思ったら手を挙げる。これなら、確実だろ」
「結構細かいな」
「今も一緒にいるはずなのに違和感を抱かない。ある程度細かく確認をしないと気づけないかもしれないしな」
大智君は春斗君の言葉に淡々と答える。
その言葉を聞いて、みんなは一層大智君の案に前のめりになった。
「初めて会う奴のことをそれだけ知ってるわけがないもんな。うん、それでいこう。今回の作戦はどうやっても逃げられないだろ」
良太君は意気込んで拳を手のひらにパチンっとさせる。
どうやら、時間が経っても菓子の恨みというのは消えないらしい。
「それじゃあ、近くの人と二人組作って。おかしいと思ったら、すぐに手を挙げること」
大智君の勝ち誇るような笑みを開始の合図として、私たちは近くの子と二人組を組んで、大智君の案を試すのだった。
その結果……。
「嘘だろ、なんで誰も手を挙げない」
二人組を作った子たちは、誰もパートナーの子に対して疑いを持つことはなかった。
そんな事態を前に、大智君は困惑しているようだった。
それはすぐ近くにいた良太君も同じようで、拳の行き場を失って呆然としていた。
「なんで見つからないんだ、どういうことだ?」
そんな良太君をちらっと見た大智君は、あっと何かに気づいたような声を漏らす。
そして、それから深くため息を吐いた。
「……なるほど。なんだよ、そういうことか」
「え、分かったのか? どこに幽霊がいるんだよ」
大智君は辺りをきょろきょろと見渡し始めた良太君にジトっとした目を向けてから、ぴしっと良太君を指さす。
大智君の反応を前にして、みんなの視線が一気に良太君に集まる。
「え? おれ? いやいや、俺じゃないぞ!?」
「いや、この騒動を招いたのは良太だ」
良太君は顔をブンブンと横に振るが、大智君は構うことなく言葉を続ける。
「初めから人なんて増えてなんかなかったんだよ。良太がお菓子を食べたことを忘れてただけだろ?」
そこで、みんなが何かに気づいたようなあっという声を漏らした。
そして、それと同時に笑い声や呆れる声が漏れてきて、一気に緊張していた張りつめていた雰囲気が緩む。
「ち、違うって! 俺は食べてないぞ、本当に」
「まぁ、これだけ探してもおかしな奴がいないってことは、増えたっていう認識が間違ってたんだろうな」
春斗君のそんな一言もあって、今回の騒動は良太君の勘違いとして片づけられたのだった。
そして、話し込んでしまって遅い時間になったので、私たちは解散してそれぞれの帰路につくことになった。
アンサー. 勘違い
校庭に残された私は、そっと呟く。
「……気づかれなかったね」
「ね、増えたのは一人じゃなかったのにね」
私は隣にいるもう一人を見て、そっと微笑むのだった。