マリとリエはArge〜私達は本当の恋がしたい〜

 




 青色と緑色、そのコントラストがあまりにも僕の目には厳しく映っていた。



 触れたくても触れられなくて、もしほんの少しでも近づこうものなら、固まる前のコンクリートの様になりそうだったから。だから、その一途機を僕の頭から消し去りたくて、僕は君の中に潜む君を探しては、良い子ぶっていた。その、繰り返しの真っ只中にいる。

 この日は雨で、駅前は混雑していた。晴天時よりも人集りができるのは以前からの議題である。

 「雨の中の花って、綺麗よね」

 「そう?」

 「うん。太陽の下よりも、うんと」

 「そうかな」

 「ええ。曇りでもダメ。雨の中だから輝いて見えるの」

 「ふーん、そっか」

 駅を囲むように添えられた、紫陽花を見ながら彼女はおとぎ話でも語る様に呟いた。僕には曇りガラス越しに見ている様にしか見えなくて、そんな繊細な心が僕には無いのかと、じんわりと悲しくなった。だけど、語る彼女の横顔が眩しかった。

 綺麗すぎて、眩しかった。

 僕にはない世界観で物事を見ているであろう彼女が、在処のわからない虹の居所でもある様に。

 「そういえば」

 御迎えに来た車の中で、彼女が切り出した。


 「もう少しなんだよね。お引越し」

 「そうだね」

 窓に当たる雨音が、やけに程よいBGMとなっている。

 「どうなるのかな。まだ新居、見れてなくて」

 「そうなの?」

 「ええ。当日まで我慢するか考えてたら、つい」

 「へえ」

 僕は設計図から役員まで何まで知っている。事細かに情報を集めた上で、承諾をした。その新居とやらへの引越しを。

 「もう、戻れないのよね」

 「まあ、ね」

 新居の工事が進み、既に完成形へと成りつつある今、もう戻る事を夢見る余地はなかった。大人への我儘も、可愛いでは済まされなくなって、自分も大人へとなっていく重みをも知らされている。

 「今までね、考えて来なかったの」

 彼女はここで初めて俯いた。

 「費用とか、時間、とか」

 お金と時間。それを考えずに何も見ずに済むのは子供の頃までだ。それを済まされなくなった時、子供は大人へと変わるのか、と。僕も思考を巡らせ始めた。

 彼女は続ける。

 「私はね、制限がある中でも常に自由だと思っていたの」

 彼女はパッと顔を上げた。その真剣な言葉に、眼差しに、僕は何と返せば良かったか。


 「どこまでも続く幸せ、っていうのかな。そんなもの、本当は存在しないことに気がついてしまったの。それにね」

 どこまでも鳴り響く雨音の遠くを見通しながら、彼女は視点を窓ガラスに反射する己へと移した。

 車の振動で、ハーフアップにしている彼女の後ろ髪が、少し揺れた。

 「私って、まだ何者でもないの。きっとこの先も、きっとね。ただ商品名の付いたモノでしかなくて、それも賞味期限付きの。大量発行させる訳でもないのに、ずーっとお品書き」

 「商品名って」

 僕はワザとらしくケタケタと笑ってしまった。

 「だって、そうでしょ?」

 もう!と言わんばかりに彼女は呆れ顔ながらに不貞腐れた。

 「そしたら僕の商品名って、何なんだろうな」

 僕も、その期限とやらに今更気付かされ始めた。

 「私なんて、あの紫陽花と同じなのよ」

 空は少し晴れ間を見せかけていた。

 紫陽花。
 ・植物界
 ・被子植物門
 ・真正双子葉類
 ・コア真正双子葉類
 ・キク類
 ・ミズキ目
 ・アジサイ科
 ・アジサイ属
 ・アジサイ属
 ・アジサイ亜属
 ・アジサイ

 紫陽花の花言葉。
 ・移り気
 ・辛抱強さ
 ・浮気
 ・無常
 別名、「七変化」また「冷酷」

 紫陽花には毒がある。鑑賞すれば花なのに、比べ摂食すれば毒も良いところ。あのナメクジが紫陽花と並べられている画は嘘っ子である。