【完結】梅雨鬱々倶楽部~梅雨と初恋、君の命が消えるまで~


 着物を着ている男の子なんて珍しい。
 薄暗い雨の中で、ちょっと浮かび上がるような白っぽい着物。

 男の子は、前髪が長めの髪型で、どこか遠くを見ていた。

 コノミも、何を見ているのだろう? と彼が見ている方向を見る。
 でも景色が良い池の方じゃない。
 裏山の岩肌。
 梅雨で濡れた葉っぱと、木。
 ごちゃごちゃしてゴミゴミした笹とかが生えていて、綺麗でもなんでもない。
 
 どうして、そんな場所を見ているのか?
 ……気になる。

 コノミはまた男の子を見た。
 白い肌で、綺麗な顔をしていた。

 本当は、屋根付きベンチに誰か先に人がいたら、通り過ぎるつもりだった。
 でも、何故か引き寄せられるようにコノミはベンチに近付いていく。

 彼も近寄ってくる人影に気が付いた。
 目が合う。
 
「あ……あの、すみません」

 つい、声をかけてしまったのは、コノミの方だ。

「えっ……?」

「お、お邪魔しても……座っても……いいですか?」

 変な事を言ってしまった! と顔が熱くなる。
 男の子を見ると、さすがに変な顔をしている。

「あ、どうぞ……僕のベンチじゃないし……」

 優しい声は雨にかき消されてしまいそうな、小さな声だった。

「あ、ありがとう!!」

 真逆にコノミの声は大声だった。
 屋根ベンチはL字にベンチが付いている。
 男の子が座っていない方に座った。
 
 遠くで雷の音がする。

「雷……だ、大丈夫かな」

 屋根ベンチの下は、雷が発生している時は危険な場所だ。

「大丈夫……こちらには来ないよ」

「どうして、わかるの?」

 自然に会話が続いた。
 不思議で綺麗な男の子は、コノミの方は見ないまま。
 長い前髪に隠れかけている瞳で、空を見つめた。

「此処には……いや、なんとなくさ」

「そっか。来ないといいよね」
 
 お天気アプリを開けば、すぐにわかる事だけどスマホを開こうとは思わなかった。
 この公園は、静かで一人だけ隔離された別世界にいるような気持ちになる。
 だからスマホを見る事はしない。
 
「此処は君の場所だった?」

「……え。ううん。みんなの公園だもの……でも此処には、よく来るんだ」

「梅雨の間だけ、此処にお邪魔するよ」

「……どうして、梅雨の間だけなの?」

 その後、この公園で一番いい季節になるのに……。

「梅雨が開ける頃には、僕はもう此の世にはいないから」

 男の子の言葉。

 聞き間違いかと思うような、言葉だった。