愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

「これが冬野柚葉を殺した理由です。
柚葉が今更過去の事まで全て刑事に話すと言い出したから、突き落とした。
それだけです」 

向かい合って座る刑事の峰島さんにそう話して短く息を吐く。

……本当の事なんて言わない。
ひとりで死んでいった柚葉のためにも、
言わない。

あの女、柚葉の継母を誰が殺したのか、なんてどうでもいい。
あの女を殺したのは俺で、
柚葉は罪の意識に耐えられなくて、全てを話すと言った、 
だから口封じのために殺した、
それでいいんだ。

「しかし君の父親は冬野柚葉がひとりで飛び降りたと言っている。
なのに君は頑なに自分で殺したと言って譲らない。
だから動機を聞いてみたんだが、やはり腑に落ちないな」

納得いかないという顔で俺を見る峰島さんに俺は薄く乾いた笑いを返す。

あの日の夕方、父さんは川西さんの病院へいった。
父さんが川西さんの病室へ入ると同時に、
川西さんは目を覚ました。
そして、父さんへ早く俺のところへいけと言ったそうだ。

『早く、早く桐生君のところへ……!
桐生君、冬野さんに全て話すつもりです……!』

きっと川西さんは、俺がいる時には目を覚ましてなくても微かに意識を取り戻していたのだろう。
川西さんの言葉を聞いた父さんは、すぐにあの場所へ向かった。

俺が柚葉に全てを話すなら、あの場所しかないと分かったのだろう。
やっぱり俺達、親子だな。

大事な、
たったひとりの大切な、本当に愛してる女の子を目の前で亡くしたところまで、
同じだ。

そして、自分が殺したと言っているところも。

「桐生君、私は今からひとつの仮説を話そうと思う」

「……どうぞ、ご自由に」

今更峰島さんが何を言おうと、俺の決意は変わらない。

俺は柚葉の継母を殺した、
そして柚葉に誰にも話すな、話したら柚葉も殺すと脅迫した、
罪の意識に苛まれた柚葉が全てを話すと言い出したから、口封じのために柚葉も殺した。

これが、真実でいいんだ。

「単刀直入に言おう、
冬野柚葉の継母を殺したのは君じゃない、
冬野柚葉だ。
そして、父親も事故死じゃない、
冬野柚葉が何かしら関わっている」

真っ直ぐに俺を見て断言するかのようにそう言い切った峰島さん。
その真っ直ぐな目は全てを見透かしているようで、
背中に冷たい汗が流れた。

だけど、俺は表情を崩さず相変わらず薄く乾いた笑いを返す。

「何度も言っているでしょう?
柚葉の継母を殺したのは俺です。
俺は突き飛ばして殺したと思っていたけれど、よく思い出してみたら、首を絞めた記憶もありますから」

今更証拠なんて上がらない、
俺が自白すればそれが真実になる。

「これは私の仮説だよ。
ひとり言と思ってくれたらいい。
……冬野柚葉の母親、冬野梓葉は父親とその愛人に追い出され傷つけられ、苦しめられた挙げ句、昔の恋人の桐生一仁に救いを求め、最後に一緒に過ごした後、ひとりで飛び降り亡くなった。
冬野柚葉が飛び降り亡くなった場所と同じ場所で」

「……そうですね、偶然にも同じ場所を選んだんですね」

「冬野柚葉は恨んだ、
父親を、愛人を、桐生一仁を。
何より、自分自身を。
だからこそ、決意した。
母親を苦しめた奴等全てに復讐を。
そして君に近づいた。
桐生一仁への復讐のために」

……その通りだ、
柚葉が俺に近づいた目的は、
復讐のためだけ。

「桐生一仁は大企業のトップ、父親の様に殺すのは難しい、そんな中偶然が重なり桐生一仁の息子である君に出会う。
いや、仕組んだ出会いだったのかも知れない。
どちらにしろこの駒を理由しない手はない、
そうだ、桐生一哉に継母を殺させよう、
そして、桐生一哉を自分に依存させよう、
桐生一仁から大事なモノを奪ってやろう、
桐生一仁が先に奪ったんだ」

まるで柚葉の胸の内を聞いているかのような、
臨場感にゴクリと生唾を飲んだ。

「冬野柚葉は君の心に実に簡単に入り込んだ。
愛情に飢えていた君の心に入るのは、冬野柚葉には動作もない事だった。
自分を信用させ、愛情を持たせ、そして同情させた。
基盤は整った、
次は、継母を殺す。
今なら桐生一哉は私のために殺してくれる。
結果、桐生一哉は継母に手をかけた。
殺すまではいかなかったが桐生一哉は自分が殺したと思っている。
それでいい、これで桐生一哉はますます私に依存する」

……依存、
そうなのだろうか……?
俺はただ柚葉を守りたかっただけだ。

たったひとりの大切で、
大事で、
好きな女の子を。

それを依存なんて言葉で語られたくはない。

「俺は別に柚葉に依存なんてしていませんよ。
ただお互い同じ罪を背負っていただけです」

「いや、君は冬野柚葉に依存するように仕向けられた。
何故なら君は冬野柚葉にとってヒーローだったから」  

「何を、言って……」

「冬野柚葉はヒーローという言葉で君を捕らえた、
そして君は彼女の言葉通り、彼女のヒーローとして彼女の思い通りに動いたんだ」

……確かに、
俺は柚葉にとってただの駒に過ぎなかったのかも知れない。
だけど、柚葉のヒーローでいたいという思いは本物だ。
決して柚葉の思い通りに動いた訳じゃない。

俺の思いで、俺が動いたんだ。

「そんな彼女の最後の復讐が、自分が死ぬ事。
それも、君の目の前で。
母親と桐生一仁の最期を再現したんだ。
これで君はずっと、冬野柚葉を忘れる事は出来ない。
恐らく一生。
ずっと冬野柚葉に囚われ生きていく。
それで彼女の復讐は完了だ。
そう、それで終わりなんだ。
君が犯してもいない罪を背負う必要なんてないんだ」

……確かに、
普通に考えれば馬鹿な話だろう。

柚葉はあの時、ひとりで飛び降りた。
そして、柚葉の継母殺しも峰島さんは俺じゃないと言っている。
なのに何故、俺は罪を背負おうとしているのか、
それが峰島さんには腑に落ちないだろう。

だけど、これでいいんだ。
これが、いいんだ。

だって、
柚葉が笑っていたから。

少し眉を下げて、緩やかに笑ったから。

その笑顔はもう何度も見てきた。

俺の大好きな、
柚葉の笑顔。 

そして、最期に言った、

『大好きよ、一哉君』

あの言葉は、
柚葉の本心だと、
信じられるから。

例えそれが、
俺を縛る呪いの言葉でも。


だから、
これでいいんだ。


「峰島さんのひとり言は独りよがりの妄想でしかありません。
俺が、冬野柚葉の継母を殺した。
そして、冬野柚葉も殺した。
それが俺が話せる事実です」

そう、これでいい。

これで、

柚葉の復讐は全て幕を閉じるから。

俺が柚葉に出来る最後の事は、
柚葉の復讐を完璧に遂行する事だから。