「季ちゃんも行きたいだろうが、危ないしずっと側にいることもできない。観子にしても初めての場だから、待っていておくれ」
「まあ残念。宴など一度しか行ったことがないのに」
「何度も行くとこじゃない。季ちゃんは美し過ぎで皆の注目の的になってしまうからね。私の心が持たないよ」
「えぇ...。仕方ない、待つことにしよう」
「すまないね。しかしこれを貰ってきたんだ」
「まあ、白居易の長恨歌!嬉しいわ」
「よく分かったね。喜ぶと思った。後で共に読み合おう」
「いいえ、宴を待ってる間に読む。ありがとう芳生」
季子のため、雑仕に詩を読みあげるよう芳生が頼んでいる。
つれないなあと微笑む芳生と早速草子を開く季子はいつもの調子だが、構っていられない。
昼の話で頭がいっぱいだ。
「観ちゃん、父上お墨付きのお前の琴は、誰にも負けないから。お行儀よくたのしんでいらっしゃい」
肩をとんと叩かれ、励ましてくれる。
そんな母の姿に、あぁ、と思う。
やはり我が家の主人公はいつまでも季子なんだと。
別け隔てがなく、明るく優しい。
加えて誰にも劣らぬ教養を持っている。
目が不自由でありながらも殿上人の妻という高い地位も得た女性なのだ。
それに比べ何も持たぬこの身...
母への嫉妬か。まさか、それは違う。
しかし比べてみれば止まらないのだ。
取り柄のない我が容貌、能力。
取り柄のない貴族の娘が宴に出るとは、己の無知を自ら晒しに参るようなものなのである。


