憂いの月



「どこに行っておった?」

「き、清菊様。いえ特に...」

「何じゃ、顔が暗い。...申してみよ。観子」


片手で両頬を摘まれる。

清菊様は嘘を必ず見抜くから。


「ええと...連れ去られて、...見定められたといいますか、?」


嘘ではない。


「ふんっ...まあ、来たばかりの可愛らしい娘だから誰も放って置くまいね」

「突然見えなくなりすみません。素敵にお召しなさって」


嘘ではないから...見破られなかったのか。


「よい。それよりついてこい」



──古い書物を見つけたのだ。読んで聞かせろ。



欠けた処無く既に高い教養をお持ちの我が主。


書物の為になぜわざわざお呼びに?と思うが、幾分安心した様子なので開きかけた無能の口は言わぬまま閉じた。



「...お前にこれをやろう」

「まぁ素敵な...ええとこれは何という...?」

(かんざし)じゃ」

「菊と...これはお天道様でしょうか」

「お、ご名答。さすが観子やの」


心を奪われ耳が遠ざかったように思えるほど美しいものを頂いたようだ。


「清菊とお前じゃ。お前の名は観音から採ったのだろう」

「...はあ」


美しい簪。

黄金に輝く柄の先には、桃色の菊と...小さな鏡。


「菊の枯れ方を、観子は知っておるか?」


御格子から望む桜を見降ろし、清菊様は憂いを帯びた眼差しで言った。

「...我が名を好んではおらぬ。菊はこう萎れ───」


御格子から向き直り、腕を上げ...ばたりと振り落とした。


「萎れ、こんな風に...落つるのじゃ」


(まなこ)をゆっくりと瞬き、再び開くと微笑んだ。


「お前にやりたくて作らせた。大切にせよ。無くすでないぞ」





綻ぶような笑みを残し、鮮やかな若菜色に包まれた清菊は一段と美しかった。