憂いの月


帝の計らいで特別に用意された朝餉(あさげ)を口に運ぶ。

火事で内裏に逃げた家は他にもあるようで、その見知らぬ者たちが集まり静かに飯を食んでいた。


芳生は皆知り合いのようで、上達部(かんだちめ)らしき者に挨拶を受けていた。

そっと隣を見やると、季子は蘇を食べようとしていた。

指で皿を探し、静かだから緊張しているのだろう。


少し震える手を取り、蘇の位置へ持っていってやる。


「すまないね、お(しめ)

「平気よ、落とさないよう気をつけて」


声を出すのも憚れるような静けさに、共々囁き言葉を交わす。

昨日の宴とは大違いだ。


昨晩は一睡も得られず、頭が重い。



つとめて、酔いの冷めた芳生に事情を話すと「一人で行きなさい。後で知らせよ」と言われ、放り出された気分だ。


何かしでかしただろうか。

なぜ引き止めたのだろうか。


左大臣家と宴の最中関わったか...と物思いは静まることなく、気づけば朝を迎えたのだ。







「では、行って参る」


支度が終わる頃には開き直り、とびきりの単を纏った。


季子は人前での食事に疲れたようで、芳生の膝で微睡んでいた。


いくら芳生であっても、公の場であらば妻の面倒を付きっきりで見るわけにもいくまい。


情けないと沈む季子に、娘ながら掛ける言葉が見つからなかった。



よくわからない迷路を東へ東へと渡れば、白地に葉模様をあしらった几帳が見えはじめた。


木白殿の居場所である。

姫君の居る間も遠くはないだろう。



「すまないが、木白の姫君はどこへいらっしゃるか分かるか」

「......」

「夕べの宴にて、お呼びなさったのだ」


通り過ぐ下女を引き止めるが、そっと頭を下げ去った。



やはり顔の知れていない人間に高貴な姫君の居場所を告げる愚人はいない。



昨日と同じ状況だ、とため息をつく。


戻るべきか迷い、足を止めると先ほどの下女が戻ってきた。


「こちらでお待ちを」


いくらか位の高そうな女房を連れて。