え? なに……?


「悠乃、こっち」


 天音くんだ。声でわかった。彼を見ると帽子とサングラスとマスクで完全に顔を隠している。


「わりぃ、だいじょうぶだった?」


 サングラスの奥の瞳と目が合う。


「天音くん、ありがと……」


 すると、彼は指を私の口元に押し付けてきた。


「しーっ。まだ名前呼ぶなって」


 そして彼は、指でマスクを引っ張りながら耳元でささやいてきた。


「よし、んじゃ行こっか」

「え、どこに!?」

「悠乃の行きたいとこでいいよ」

「えと、話したいことって……?」

「あー、忘れちゃった。まーいいじゃん。時間は大丈夫?」

「うん」

「腹減ってない?」

「食べてきたから、まだ大丈夫」


 特に予定はないけど。天音くんがいったい何をしたいのかわからなかった。



 繁華街を二人でブラブラと歩いて、たまに気になるお店があると立ち止まって中をのぞいた。

「このカップかわいいね」

「俺も思った。俺たちセンス合うよな」


 そんな天音くんの言葉に、私は思わずキュンとしてしまう。お互い目を見て笑い合った。

 店内を改めて見ると、カップルのような男女がちらほらいてみんな笑顔で商品を眺めている。


 もしかして、私と天音くんもカップルに見えるんじゃ……。

 これってなんだか、デートみたい……?


 そう思った瞬間、顔がカーッと熱くなるのがわかった。

 男の子とデートなんて初めてだ。なんの準備もしてないから服装だってテキトーだし。


「どした? 疲れた?」

「えと、いや」

「けっこう人も増えてきたし、どこかカフェでも入ろっか」


 土曜日の午後の繁華街は、だんだんと人であふれてきた。

 私は人の多いところが苦手だけど、天音くんといたらそんなことも忘れてしまっていた。楽しさが勝ってるような、ずっとこうしていたいような感覚だった。


 でもいいのかな、天音くん。私なんかと歩いてて……。


 その時、通りかかったカフェが目について私は立ち止まった。店の前のメニュー看板を見る。とてもいい雰囲気のお店だった。


「天音くん、ここ──」

 入ってみない? と言おうとして彼がいないことに気が付いた。

 周囲に目を向けても天音くんの姿は見えない。というか人でいっぱいで何も見えなかった。


 やば、私が急に止まっちゃったからはぐれちゃったんだ。


 ちょっと進んで探してみたけど、やっぱり天音くんは見当たらない。


 連絡をとろうとスマホを取り出すと、なんと充電が切れていて動かなかった。


 やっちゃったー! なんで私ってこんなドジなんだろう……。
 

 私が頭を抱えていると、ふいに肩を叩かれた。

 振り返るとそこには、


「あ! え、奏空くん!?」

「悠乃ちゃん、一人? あれ、天音は?」

「うん、はぐれちゃって、え、どうして天音くんのこと……?」

「それはいいから、ここは人が多いから静かなところ移動しよ」


 奏空くんはそう言って、私の手を取り歩き出した。