「先生……いない」


朝の保健室。
鍵は空いていたが、中には誰も居なかった。


向井先輩は私を椅子に座らせると、向かい合うように先輩も座る。


「…美久ちゃん。俺のせいで辛い思いをさせて、ごめん」
「いえ、先輩のせいでは無いです。私が…不甲斐ないから…」
「違う…違う!」


今にも泣き出しそうな顔をした先輩は、立ち上がり私を強く抱きしめた。


「…先輩、制服が汚れてしまいます…」
「良いの。そんなこと、どうでも良い」


抱きしめたまま頬を寄せ、そっと合わせる。
初めて感じる他人の肌に…何だか不思議な感覚がした。


「…先輩、何で今回の件…気付いたのですか」
「うちのクラスの女子が騒いでいたんだ。俺に近付いた子がターゲットにされていて、その子が来る前にあらゆる嫌がらせをしていると」
「………そうでしたか」
「…うん」


先輩は抱きしめたまま離す気配が無い。
そんな状況に、徐々に体が震え始める。


「ところで…。こんなことしていると…先輩も誤解されます。私に関わらない方が先輩の為ですから。離して下さい」
「……」


先輩は、何も言わない。


むしろ、抱きしめる腕に力を入れた。


「先輩…。離して下さい」
「……」
「先輩」
「…美久ちゃんといると、素の自分でいられる」
「え?」

腕の力を弱め、少し離れる。
そして、私の顔をジッと見つめた。

「美久ちゃん、俺…君のことが好きになっているかも」
「……き、気のせいですよ。私に同情しているだけです」
「違う、そんなことない!」


立ち上がり、今度は私の肩を掴む。
先輩のその手は、小さく震えていた。