次の日の昼間、先生に許可をもらって休日の教室でフラグの続きを描いた。
板に貼り付けられたフラグと向き合いながら、絵って何だろうと考えていた。
以前なら、ただのひまつぶしだった。
退屈な時間、
なじめない場所、
人との隙間、
いろんなところにぽっかりと空いた穴をうめるもの。
だけど、今は違う。
この手から生み出すものに何かをこめたい。
クラスのみんなの思い。
晴空の思い。
私の思い。
形のないそれらを絵にしたい。
四月、教室の窓から一人で校庭を眺めていたことを思い出す。
教室のにおい、
ひっそりした空気、
うまく扱えずにいる自分自身。
私は、クラスにうまくなじめない。
だけど、本当はクラスのみんなとつながりたい。
そのもどかしさ。さみしさ。
そんな気持ちを抱えた私に、
晴空はいつも声をかけてくれた。
たくさんの言葉をくれた。
ケンカもした。仲直りもした。
夕方の公園や、路地裏や、近くの川で遊んで、
なんでもないような場所にいくつも思い出をつくった。
いろんな思い出がつまった、独特な結晶みたいな、キラキラした時間たち。
この先、クラスのみんなや晴空と見る景色にはどんな景色があるだろう。
未来をのぞいてみたいと思う。
そう思いながら、未来を頭に思い描こうとした。
でも、そこに浮かんできたのは、〝未来〟というより、自分の〝願い〟だった。
みんなが同じ場所で笑っていたらいいな、という願い。
仲のいい生徒も、そうでない生徒も、みんなが一つの教室にいる。
晴空もそこにいる。
私もそこにいる。
私たちは完全に理解し合うことはできないけれど、それでも同じ場所で笑っている。
そうであったらいいなと思った。
そして、晴空とは、ずっと先の未来でも、
一緒にいられたらいいなと思う。
来年も、再来年も、その先もずっと。
そんな素直な気持ちを絵にした。
私の思いをつめこんだ絵が、今、完成した。
• • •
できあがった絵と向かい合う。
絵の中には、空飛ぶ船と、
大地を埋め尽くす赤い花が描かれていた。
船が起こす風が花を散らし、船の後方には赤い花吹雪が舞っていた。
縦一・三メートル、横ニメートルの巨大なその絵は、そこに〝ある〟というより、そこに〝いる〟という感じだった。
初めて会う生き物に向き合うような気持ちがした。
まだ絵の具も乾ききっておらず、生まれたばかりの生々しさを持っていた。
教室のドアがガラリと開く。
振り返ると、様子を見にやってきた晴空の姿があった。
瞬きをして、晴空を見つめた。
不思議な気持ちがした。
ここはいつもの教室だった。休み時間や放課後のありふれた日常を、この場所で晴空と一緒に過ごしてきた。
でも今は、ここが特別な場所であるように感じた。
晴空は、
「完成したんだ」
と言って、絵のそばに歩いてきた。
そして、静かに絵を眺めた。
沈黙ーー。
私は祈るような気持ちで晴空の横顔を見つめていた。
立った一言でいいから、感想がほしかった。
ありのままの晴空の思いを聞きたかった。
褒めてくれなくてもいい。
真っ直ぐに見つめてくれるだけでいい。
それだけで報われる気がした。
晴空がこちらに顔を向け、
「おまえは、やっぱりすげーな」
とにっこり微笑んだ。
それを聞いた瞬間に心がふわっと軽くなった。
教室の窓の外で、鳥が羽ばたく音が聞こえた。ニ、三羽の鳩が、翼を大きく広げ、窓の外を飛んでいく。
それを眺めながら、私は思った。
私は晴空に出会うまでずっとひとりぼっちだった。
晴空と出会わなかったら、今でもひとりぼっちだったかもしれない。
たぶん、一人でだって、どうにかこうにか生きていくことはできるのだろう。
だけど、きっと、羽ばたくようには生きられない。
晴空は私の中に小さな夢を見出してくれた。
それは、今、空に向かって飛び出そうとしていた。
私、絵を描きたい。
胸の中で、そう強く願った。
人に誇れるような絵を描きたい。
胸に願いを抱きながら、晴空と並んで絵を眺めた。
絵の中の船は、未来を目指して飛んでいた。
「船、すげー迫力」
晴空は感心したような声を出す。
「それに、きれいな花だな」
私は誇らしいきもちで微笑んだ。
「あの花はね、クラスのみんなの心なの」
花は、鮮やかな赤い色で大地を染めていた。
「じゃあ、あの中に、おまえの気持ちもあるんだな」
「あるよ」
私は、ゆっくりと花を指でなぞる。
大切なものに触れるように。
そこには、晴空を思う気持ちや、晴空と一緒にいたいという願い、晴空が見つけてくれた希望が描かれていた。
未来に向かう船からは、大地を染める赤い花がよく見えるだろう。
そして、あの花を見るたびに、どうして未来に向かうのか、思い出すだろう。
「俺、この絵が好きだよ」
と晴空が言った。
続く~
板に貼り付けられたフラグと向き合いながら、絵って何だろうと考えていた。
以前なら、ただのひまつぶしだった。
退屈な時間、
なじめない場所、
人との隙間、
いろんなところにぽっかりと空いた穴をうめるもの。
だけど、今は違う。
この手から生み出すものに何かをこめたい。
クラスのみんなの思い。
晴空の思い。
私の思い。
形のないそれらを絵にしたい。
四月、教室の窓から一人で校庭を眺めていたことを思い出す。
教室のにおい、
ひっそりした空気、
うまく扱えずにいる自分自身。
私は、クラスにうまくなじめない。
だけど、本当はクラスのみんなとつながりたい。
そのもどかしさ。さみしさ。
そんな気持ちを抱えた私に、
晴空はいつも声をかけてくれた。
たくさんの言葉をくれた。
ケンカもした。仲直りもした。
夕方の公園や、路地裏や、近くの川で遊んで、
なんでもないような場所にいくつも思い出をつくった。
いろんな思い出がつまった、独特な結晶みたいな、キラキラした時間たち。
この先、クラスのみんなや晴空と見る景色にはどんな景色があるだろう。
未来をのぞいてみたいと思う。
そう思いながら、未来を頭に思い描こうとした。
でも、そこに浮かんできたのは、〝未来〟というより、自分の〝願い〟だった。
みんなが同じ場所で笑っていたらいいな、という願い。
仲のいい生徒も、そうでない生徒も、みんなが一つの教室にいる。
晴空もそこにいる。
私もそこにいる。
私たちは完全に理解し合うことはできないけれど、それでも同じ場所で笑っている。
そうであったらいいなと思った。
そして、晴空とは、ずっと先の未来でも、
一緒にいられたらいいなと思う。
来年も、再来年も、その先もずっと。
そんな素直な気持ちを絵にした。
私の思いをつめこんだ絵が、今、完成した。
• • •
できあがった絵と向かい合う。
絵の中には、空飛ぶ船と、
大地を埋め尽くす赤い花が描かれていた。
船が起こす風が花を散らし、船の後方には赤い花吹雪が舞っていた。
縦一・三メートル、横ニメートルの巨大なその絵は、そこに〝ある〟というより、そこに〝いる〟という感じだった。
初めて会う生き物に向き合うような気持ちがした。
まだ絵の具も乾ききっておらず、生まれたばかりの生々しさを持っていた。
教室のドアがガラリと開く。
振り返ると、様子を見にやってきた晴空の姿があった。
瞬きをして、晴空を見つめた。
不思議な気持ちがした。
ここはいつもの教室だった。休み時間や放課後のありふれた日常を、この場所で晴空と一緒に過ごしてきた。
でも今は、ここが特別な場所であるように感じた。
晴空は、
「完成したんだ」
と言って、絵のそばに歩いてきた。
そして、静かに絵を眺めた。
沈黙ーー。
私は祈るような気持ちで晴空の横顔を見つめていた。
立った一言でいいから、感想がほしかった。
ありのままの晴空の思いを聞きたかった。
褒めてくれなくてもいい。
真っ直ぐに見つめてくれるだけでいい。
それだけで報われる気がした。
晴空がこちらに顔を向け、
「おまえは、やっぱりすげーな」
とにっこり微笑んだ。
それを聞いた瞬間に心がふわっと軽くなった。
教室の窓の外で、鳥が羽ばたく音が聞こえた。ニ、三羽の鳩が、翼を大きく広げ、窓の外を飛んでいく。
それを眺めながら、私は思った。
私は晴空に出会うまでずっとひとりぼっちだった。
晴空と出会わなかったら、今でもひとりぼっちだったかもしれない。
たぶん、一人でだって、どうにかこうにか生きていくことはできるのだろう。
だけど、きっと、羽ばたくようには生きられない。
晴空は私の中に小さな夢を見出してくれた。
それは、今、空に向かって飛び出そうとしていた。
私、絵を描きたい。
胸の中で、そう強く願った。
人に誇れるような絵を描きたい。
胸に願いを抱きながら、晴空と並んで絵を眺めた。
絵の中の船は、未来を目指して飛んでいた。
「船、すげー迫力」
晴空は感心したような声を出す。
「それに、きれいな花だな」
私は誇らしいきもちで微笑んだ。
「あの花はね、クラスのみんなの心なの」
花は、鮮やかな赤い色で大地を染めていた。
「じゃあ、あの中に、おまえの気持ちもあるんだな」
「あるよ」
私は、ゆっくりと花を指でなぞる。
大切なものに触れるように。
そこには、晴空を思う気持ちや、晴空と一緒にいたいという願い、晴空が見つけてくれた希望が描かれていた。
未来に向かう船からは、大地を染める赤い花がよく見えるだろう。
そして、あの花を見るたびに、どうして未来に向かうのか、思い出すだろう。
「俺、この絵が好きだよ」
と晴空が言った。
続く~

