ボールが放物線を描いて空へ投げられる。それをキャッチした子が、「いーちにー、さん!」と言って、三歩歩いて投げた。
 藤棚の机で作業している子たちは、宿題をしたり、ゲームをしたり、お絵描きをしたりしている。
 その中で、夏樹くんと私は、皆とは少し距離を置いて話していた。

「皆はっきりと妖怪が視えるわけじゃねーんだ。ただ、何かに視られているとか、黒いモヤが視えるとか、体調が悪くなるとか、そういうものが感じ取れるみたいで。で、皆、俺のそばにいたらそういうのが近寄ってこないって言うんだ」
「言うって、夏樹くんは視てないの?」
「うん。なんか視られてるなー、って気配は感じるけど、振り向いたらいなくなってる」

 前仲良くなった妖怪が言ってたんだけど、と夏樹くんは続ける。

「俺、良い妖怪には懐かれて、悪い妖怪には逃げられるみたいなんだ。俺自身は怖い思いしたこと、殆ど無いし……」
「そうなの?」

 意外な回答に、私は驚く。
 だって冬夜くんの対応的に、もっと妖怪の事件に巻き込まれていると思っていた。
 ……あ、でも確か、『命に関わることはほとんどない』って言っていたっけ。
 そう言えば私、冬夜くんから伝聞形で聞いていて、夏樹くん自身から話を聞くこと、ほとんど無かったかもしれない。

「夏樹くんは、今まで妖怪と会っていたら、どうやってやり過ごしていたの?」
「俺?」

 んー、と唇を尖らせて、夏樹くんは考える。

「まずあっちから声を掛けられるだろ。で、名前聞いて、話を聞くだろ。大体何かしてほしい、って頼まれるから、自分にできることなら叶えてやるだろ。そんだけ」
「それだけ」
「うん。あ、仲良くなって、何度か家に案内してもらったことがあったりはした」
 
 けど、と夏樹くんは続ける。

「時間の流れが違って、家に帰ったら夜になってたり、日付が変わったりしてたんだよな。そんでにーちゃんにめっちゃ心配かけちゃって。その事を伝えて、『家にはもう遊びに行けない』って言ったら、もうその妖怪とは、会えなくなっちゃった」

 そう言って、夏樹くんはさみしそうな顔をした。
 ……多分、その妖怪は、悪意があって招いたわけじゃないだろう。寂しくて、構って欲しくて、夏樹くんを異界へ招いた。
『寂しい』という感情は悪ではないけど、他者で埋め合わせようとすると、どぶどぶと相手を引きずり込んでしまう。特に妖怪の『寂しい』は、人間の比じゃない。今埋め合わせているものが、すぐに消えてしまうことを知っている。それをなんとか引き留めようとして、神隠しをしてしまう神や妖怪は多い。
 それを理解したから、その妖怪は会う事を辞めたんだろうな。
 夏樹くんには、人間にも妖怪にも友だちがいる。だけど、ちゃんと適切な距離をとっている。
 助けられることは助けて、出来ないことは「出来ない」とちゃんと言う。そう言う子は、妖怪の寂しさに引き込まれることはない。
 初めて会った時から思っていたけど、夏樹くんからは、「人とちがう」ことから生まれる孤独感を感じない。
 
「夏樹くんはさ。妖怪が視えて、誰かに嫌われたりしなかった?」

 私の質問に、夏樹くんはきょとんとした。