降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

だったら、不足しかないと思いますけどぉ……。そもそも桐生さんのこと、よく知らないし私。

知ってるのは名前と、“ヤクザ”、“ぶっきらぼう”、“言葉足らず”、“傘をささない”……くらいの情報しかない。

年齢も連絡先も、恋人や結婚の有無も……なにも知らない。


──── まさか……。


恋人もしくは奥さんがいて……私のことを浮気相手か何かと勘違いして、大騒ぎになってるとか!?


ヤバいよ、ヤバいよ、それはヤバいよ!!何もないです、桐生さんとは本当に何もないんです!!

・・・・なんて言っても信じてもらえなくて、私は海の藻屑になるんだろうな……きっと。


「ははっ。そんな死にそうな顔しないでよ」

「……すみません。桐生さんとは……本っ当に何もないんです。本当に、何も」

「え?“何もない”……じゃあ困るんだけどなぁ」

「“死ね”……ということでしょうか」

「……ん?」

「……え?」


沈黙が流れて、真顔で見つめ合う私達。


「くくっ。可愛くて面白いって最高だね~、梓ちゃん」


クスクス笑ってるけど、私は一切笑えないし、なんなら泣きたいくらいだし。


「あの、本当に桐生さんとは何もないんです。そんな関係性ではないので、その……ごめんなさい。私、何も知らなくて……。ていうか、そもそも桐生さんが私みたいな学生を相手にするわけもないですし……はい。だからっ……」