降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

「そういうことじゃねえ。“腹が減る”っつーことだ」


──── いや、どういうこと……?


「…………もしかして、“いい匂いがする”……ということですか?」

「ああ」


・・・・びっくりするくらい言葉足らずなんですけど、この人。


「あの、良かったらこれ……ただのカレーですけど、どうぞ。お裾分けです」

「いいのか?」

「はい。チョコレートのお礼も兼ねて」

「気を遣う必要はない」

「……すみません。正直に言うと作りすぎちゃって、食べてくれると助かります」

「そうか」


苦笑いしながらタッパーを差し出す私を見て、フンッと鼻で笑いながら、タッパーを受け取ったお隣さんの表情がとても優しくて、ドキッと胸が弾んだ。

今まで“男”という存在を極力避けてきた私には、大人の男の人なんて刺激が強すぎるのかもしれない。


「……あの、名前……教えてもらってもいいですか……?」


いつまでも“ぶっきらぼうなヤクザさん”、“お隣さん”とかって呼ぶわけにはいかないしね。

特に“ぶっきらぼう”なんて、本人の前でポロッと言っちゃったら……うん、かなりヤバいし。


「桐生……桐生 誠(きりゅう まこと)」


──── 桐生さん……誠さん……桐生さん、かな。