降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

脱衣所やキッチン周りをうろちょろして、何かお返しできるような物がないか、探してはみたものの特に何もない。


「…………いや、さすがにこれはぁ……ヤバいよね」


私の視界に入ったのは、出来立てホヤホヤのカレー。しかも、ごくごく普通なカレー。何の変哲もない、ただの辛口カレー。


・・・・ここへ越してきた時、『お隣さんは独身者だって~』ってお母さん言ってたし、女の人が出入りしているのは見たことないし、結婚指輪っぽいのはしてないし……まず、既婚者ではない……はず。


「いやぁ……でもなぁ……」


迷惑じゃない?さすがに。

でも……正直に言うと、作りすぎちゃったから食べてくれるならありがたい……という邪な気持ちが……。

“お返しの気持ち”……とやらは、いずこへ。


「……ま、『要らねぇ』って言われるのを大前提に行けばいっか」


タッパーに入れたカレーを持って、お隣さん家の玄関ドアの前に来た……のはいいんだけど、緊張しすぎてインターフォンがなかなか押せずにいる。

・・・・ここの最上階に住んでるってことは、それなりの人だろうし、高そうなスーツに高そうな腕時計もしてたし、私が作った何の変哲もないカレーなんて、持って来られてもやっぱり迷惑だよね……?渡すのやめようかな。