降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

「可愛いな」


そう言って優しく微笑み、私の頭を撫でてくる桐生さんに胸がドキドキして、ボンッと顔が真っ赤になってるのが自分でも分かる。

いっつもぶっきらぼうなくせに、こういう時にズルいよ……そういうの。


「桐生さん」

「ん?」

「それ、反則です」

「お互い様だろ」


──── 甘く、刺激的で、少しだけ大人な恋。


二人だけの甘い雰囲気がとても心地よくて、このままずっと続けばいいのにって思った。

すると、桐生さんのスマホが鳴って、チラッとスマホを確認した桐生さん。

その画面が一瞬見えちゃって、表示されていたのは“紗英子”の三文字だった。


── 一気に現実へ戻されて、さっきまでの甘い空間が無くなっていく。


「悪い、梓。ちょっと出てくる」

「……そう……ですか。じゃあ、戻ります」

「後でな」

「はい」


私の頭をポンポンと撫でてくれる桐生さんの手が、こんなにも重く感じたのは初めてかもしれない。


「どうした」

「え?」

「言いたいことがあるなら言え」


・・・・『紗英子さんって誰ですか?』


その一言が、喉の奥につっかえて出てこない。

きっと桐生さんは、聞けばちゃんと答えてくれる。でも、臆病な私には聞けない……そんなの、聞けないよ。