降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。

────『キスして悪かったな』……そういうことなの?


そして、私の脳裏に浮かんできたのは“紗英子”の三文字。


「……ごめんなさい」

「ん?」

「ごめんなさいっ……」

「……っ!?おい、梓!!」


私は桐生さんの手を振り払って家へ戻った。

もちろん桐生さんが追いかけてくることはない。


──── そんなこと分かりきってる。でも……追いかけて欲しかった自分もいて、なんか辛い。


「……もう、分かんないよ……桐生さん……」


・・・・桐生さんとのキスを思い返して、桐生さんのキスは『お前のことが好きだ』と伝えてくれるような、そんなキスだった。

あの時、私には余裕なんてものは一切なくて、桐生さんに合わせるのがいっぱいいっぱいだったけど、とても大切にされてるのが伝わってきて、それがすごく嬉しかった。

私の勘違いかもしれない、ただの自惚れでしかないかもしれない。

でも、それでもいい……それでいいじゃん。

“私が桐生さんを好きだという事実さえあれば”。


「それに桐生さんは……」


──── 中途半端なことをするような人じゃない。


「私も中途半端じゃダメだ」