優冬くんが作ってくれたココアは甘く、どこかほろ苦くて、春来の大雑把な甘さのものとはまるで違った。
二人とも私の好みを知ったうえで淹れてくれるのに、こうも違うと少し面白い。
優冬くんは彼の繊細さが伝わる何とも複雑な美味しさで、たとえ私の普段使いのものとは商品自体がまるで異なるとしても、その差は金額だけで出るものじゃないことは明らかだった。
でも、事実として私は――春来のあの「とりあえず、甘くしとけば美味しいだろう」な味も嫌いじゃなくて――わりと、好きだった。
「会社で何かあったかな。でも、それ自業自得だし」
「……うん」
春来も大変な一日だったんだろう。
同情はしないけど、想像はできる。
「……なんで、めぐの方がもっと辛い目に遭ってるって分からないんだろ。親の会社で守られてる自分より、よっぽど矢面に立ってるっていうのに」
「……あ……」
それは、まだ言ってなかったのに。
疲労の理由が春来が押しかけて来たからだけじゃないって、優冬くんは察してくれてた。
「……あのさ。今から言うこと……もし嫌だったら、聞き流してくれる? 」
「何を……? 」
思わず反射的に尋ねてしまって「言う勇気がないから、言質取ろうとしてるんだよ」って喉の奥で笑われてしまった。
「わ、分かった。嫌だったら嫌って言うと思うけど、別に怒ったりはしない」
「それ、全然分かったって感じじゃないんだけど。まあ、めぐはそうだよね。ん……それでいいし、すぐに返事くれなくてもいいし、気が向いたらっていうか向かなかったらそんな選択肢もあるよってだけなんだけど……あ、これちょっと嘘かも……」
「……うん? 」
ボソボソ呟いているのを見ると、それは確かに勇気が要ることらしく。
何にしても、絶対に私の為を思っての提案なのだろうから、怒るなんてことはあり得ないけど――……。
「……会社、無理に行かなくてもいいんじゃないかな」
「えっ……? 」
どういう意味だろう。
さすがに仕事はしないと生活できない――っていうか、私いつまでお世話になるつもりなんだろう。
優冬くんが家にいるからって、家事までさせて。
いくら懐事情が天と地以上に違うからって、ダラダラしてていいわけない。
「なんで真逆のこと考えてるの? 」
「い、いやぁ、さすがにお世話になりすぎだなぁと……」
「え、お世話してるつもりないけど」
私一人増えたからって、優冬くんのお財布的には痛くも痒くもないだろう。
でも、そういう問題じゃなくて。
「辞めてもいいよ、は……思ってるけど言わない。でも、休んだり、それこそリモートでやったりとかでもいいんじゃない? きっと、どうとでもなるよ」
「……しっかり聞こえましたけど……。どうとでもなるって、どうして? 」
「婚約破棄して注目されまくって仕事やりにくいから、家でやってもいいですか」なんて、上司に言う勇気はないんだけど――……。
「……やっぱり、聞いてなかったんだ。めぐの会社って、うちの傘下だよ。こんな言い方したくないけど、手を回すのは簡単だ。春来も……俺も」
「……そうだったんだ」
どうして、春来は教えてくれなかったんだろう。
一体いつから? 最初からだったりする?
入社前後にしろ、付き合う前後にしろ、その時点で話題になりそうなものなのに。
「逃げ場所くらいは、俺にも作れるよって話。ま、いつか思い出して。あ、そういえばさ、今日暇だったから……」
ゾッとしていると、お礼を言う間もなく、あっさりと強引に話題を換えられてしまった。
(……忙しいに決まってるのに)
この可愛いカップも、昨日はなかった。
きっと、ココアもそうだったんだろう。
夜中、申し分なく素敵な部屋をふらりと出て、リビングのソファでぐずっている私が、少しでも心地よくいられるように。



