図書室ピエロの噂


「? なんだ? きみは?」
「あ……で、でた! ま、マスク男!」
「――確かに俺はマスクをつけているが……答えになっていない」
「出たー!!」

 ぼくが悲鳴を上げると、男が困ったような顔をした。

「俺は怪しい者ではない。この学校の理事会に、毎週土曜日ここへと入る許可をもらっている。水間廣埜(みずまひろの)という。俺の方こそ聞きたい。『出た』とはどういう意味だ?」
「4時44分44秒に『図書室のマスク男』が出るって……え?」
「確かに今は16時45分になったところで俺はマスクをしているが……はぁ。今はそんな噂があるのか。『図書室ピエロ』じゃなくなったのか」
「図書室ピエロ?」
「なんでもない、こちらの話だ。それで、なんだ? 都市伝説を調べにでも来たのか?」
「う、うん」

 おずおずとぼくが頷くと、水間さんがあきれたような顔をした。

「もう正体は分かっただろう。なんてことはない。二十四歳の大学院生が、図書室にいたと正確に広めておけばいい。人間だ。だが――危ないから、都市伝説を一人で調べようなんて二度とするな。生徒玄関まで送るから」

 水間さんはマスクの奥で、ため息をついた様子だ。
 ぼくは頷くしかなかった。

 送られて生徒玄関まで歩きながら、ぼくは何度もチラチラと水間さんを見た。
 特に会話はない。
 水間さんはぼくが見ていると気づいているのかいないのか、正面を睨みつけるようにして歩いている。

「廣埜、今帰りか? ――っと、楠谷(くすたに)?」

 その時、声がした。
 知っている声に、それまで心の中ではビクビクしていたぼくは、顔を上げる。
 廊下のところに今年から担任になった十焔寺泰我(とおえんじたいが)先生が立っている。紺色のウィンドブレーカー姿だ。ぼくの体から力が抜ける。泰我先生は学校でも人気者で、ぼくも大好きだ。近所のお寺の次男だと聞いたことがある。

「泰我、俺はまだ残る。この子を送りに来ただけだ」
「楠谷はなにをしてるんだ? 不審者についていってはダメだぞ?」
「それは俺を不審者だと言ってるのか?」
「冗談だよ冗談。廣埜が不審者でないというのは、幼なじみの俺がよく証明できる」

 幼なじみという言葉と、親しそうな二人の姿に、ぼくは気が抜けた。

「図書室で会ったんです!」
「勉強か? 偉いなぁ」

 泰我先生もお父さんと同じかんちがいをしている様子だ。
ぼくは言葉につまり、真相を知る水間さんを見た。水間さんは何も言わなかったけど、あきれた顔をしていた。

「ぼく、もう一人で帰れます!」

 早く帰ってしまおうと、ぼくは歩きはじめた。

「おう。また月曜日にな」

 泰我先生の明るい声がする。スニーカーをはいてから振り返ったぼくは、残った二人がろうかで立ち話をしているのを見たけど、そのまま家に帰ると決める。二人の話は聞かなくていい。それにもう、図書室のマスク男のウワサは確かめた。

 急いで自転車置き場へと向かい、自転車に乗ってこぎはじめる。
 途中で神社へと続く石段の前を通り過ぎ、角を曲がってマンションへと戻った。