「俺には、弟がいる」
「ぼくにもいるよ」
「そうか。これは――十二年前の話だ。俺と弟の歩夢は、興味本位で『図書室ピエロ』が実在するかどうか、確かめに行ったんだ。瑛の通うあの学校の図書室に」
「うん」
「そこにある鏡を三分見つめると、ピエロが出てくるというウワサだった。そして、俺と歩夢は鏡を見て……出たんだ。本当に出たんだ、ピエロが」
ぼくは目を丸くする。
「赤く丸い鼻、星形のペイントがある白塗りのほほ、何重にもアイラインが引かれた目、ふわふわの巻き毛、そしてストライプの服。サーカスやテーマパークにいそうな、そのままのピエロが、上半身を鏡から出して、手を伸ばしてきた」
つらつらと語る水間さんは、とても苦しそうだ。
「俺はとっさにあとずさったが、恐怖で凍り付いていた歩夢は動けなかった。ピエロは、歩夢の体をつかんで、鏡の中にひきずりこもうとした。それで俺は我に返り、あわてて歩夢の手をつかんだ。必死だった」
水間さんは、そういうとメガネを外して、テーブルに置いた。
「だが、ピエロの力は強く、俺はこのまま歩夢の手を握っていれば、自分も引きずり込まれると怯えた。そして――俺は手を離した。怖かったんだ。俺は、一人で逃げる道を選んだ。歩夢を見捨てたんだ」
「っ」
「今でも歩夢が、『お兄ちゃん』と泣き叫ぶ声が、頭から離れない。そのまま図書室ピエロに引きずり込まれて、ぐるぐると歪んでいた鏡の表面はもとに戻り、以後――歩夢はいなくなってしまった。当初は散々言われたよ。幻覚でも見たんじゃないかって。だが、違う。図書室ピエロは実在する」
水間さんは、つづいてマスクを取った。それを膝の上に置きながら、水間さんがうつむく。
「歩夢を見捨てたあの日から、俺の時計は止まってしまったらしい。俺は今でも、あのときの夢ばかりを見る。俺は、〝子供〟のままなんだ。事件をずっと、ひきずっている」
その言葉に、ぼくは息を飲んだ。ぼくよりずっと〝大人〟に見える水間さんの言葉に、びっくりしてしまう。ぼくは、どんな言葉をかけたらいいんだろう。
「だから――」
すると水間さんが言った。

