「あれ? おかえり」

 帰宅して玄関に居ると、後ろから奏が顔を出した。奏は見知らぬ女子を伴っていた。

 奏はいつもの通り、非常に清々しい。だが、何故なのか、奇妙に強い力を感じる気がした。隣の佐々木というらしい女子だろうかと観察してみたが、こちらは人間らしすぎる人間としか思えない。

「ええと、そちらは?」

 茜は貴重なファンである可能性を考えて、天使のような微笑を浮かべた。

 すると神々しい笑顔が返ってきた。佐々木は、ちょっと己に匹敵する麗人だと思った。一般人に負けるなど危機だ。服装の傾向は、流行りの服といった感じだが、着こなしが上手い。

「佐々木さんだよ。僕とクラスが一緒なんだ」
「そうですか。姉の茜です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。お噂はかねがね。先日テーマパークでポスターを拝見しました」
「ありがとうございます。弟をよろしくお願いします」

 茜はそれだけ述べると部屋へと向かった。父も歩き始めたので、追いつかれないように、全力で自室へ向かう。そうして扉を開閉し、鍵を閉めてから、茜は寝台にダイブした。疲れた。本当に疲れた。

(全ては桐生が悪い!)

 茜は大きな寝台の上で、右に左にゴロゴロと転がった。転がりながら悶えた。思い出すと――恥ずかしくなってくる。次に、一体どんな顔をして会えばいいというのか。考えてみると、そこも問題だ。それに茜は、桐生に口止めしてくるのを忘れた。万が一奴が誰かに喋ったら――そう考えて、茜はガバっと飛び起きて、真っ青になった。茜の芸能人生命が終了してしまうかもしれない。

 しかし連絡しようにも、桐生の連絡先など知らないし、知りたくもない。

「……次に会うのは、ええと、来週の映画の撮影か……あいつ、あいつだって俳優生命に関わるし、まさか喋らないよね? だ、大丈夫だよね?」

 ブツブツと茜は呟きつつも、表情をなくした。

 映画といえば、台本もしっかりと暗記しなければならない。台詞はもう頭に入っているのだが、それ以外の部分だ。

 映画の内容は、言うのもなんだが、陳腐というか――王道ストーリーだ。
 海外の、多分。それの日本版リメイク風の映画である。
 茜の役目は新人特殊捜査官。
 妹がいる。可愛い子役さんだ。十歳だ。水間理美ちゃんである。

 この子が無論役としてだが恋に堕ちる――その相手が、忌々しい桐生である。桐生遥斗演じるその青年は、吸血鬼である。同時期に、血を抜かれて殺害される事件が頻出。新人捜査官の茜は追いかけつつ、妹に近寄る害虫を追い払う。その内に、犯人は吸血鬼という説が浮上し、妹も毒牙にかかる。ここで水間ちゃんの役は死亡する。茜は桐生を吸血鬼だと疑う。

 それは正解だったのだが、真犯人は桐生では無い。しかし茜の役は誤解をしたまま桐生を憎んで追いかける。一方の桐生は、茜演じる捜査官に妹の面影を見てしまう。血の匂いが似ているという設定らしい。そのため、本気では撃退出来無い。そして何度か特殊捜査官に追い詰められる。

 最終的に真犯人である大御所俳優――実は特殊捜査官の上司兼、桐生を吸血鬼にした人物役が登場し、茜役を毒牙にかけようとするのだが、桐生が撃退。桐生と茜が和解し、最近血を飲んでいなかったため……妹ロスという設定で、そんな力の出ない桐生に、茜が血を提供し、物語は終わる。

「……吸血鬼ものって、日本ではどうなんだろうね?」

 キリスト教圏だったら怖いと思うかもしれないが、日本ではちょっとよく分からない。尤も、初の主演である。全力で面白い映画にするのが、茜の仕事だろう。

(陳腐だなんて思ってはいけなかった。うん。きっと面白い映画になるはずだ)

「ええと……噛まれると、死ぬ場合と、吸血鬼になる場合があるんだったっけ」

 茜は台本を眺めた。その内に桐生の事は頭から消えて、映画の事で思考が染まった。