「――はい。という事で、砕果島の廃ホテルでした」

 茜と桐生がMCを務める心霊番組の撮影が始まった。三十分ほどの番組なので、一回につき、ロケは一回程度らしい。基本的にはゲスト芸能人が周り、茜と桐生は解説や反応する事がメインなのだが、初回は先日のロケが放送されるので、砕果島について本日は収録している。

 まとめた桐生の言葉に、茜は天使のような笑顔を浮かべた。茜は除霊担当のような扱いである。本当に不服だった。MCとしての台詞は、桐生の方が多い。

「お疲れ」

 撮影が終了すると、桐生に肩を叩かれた。気安く触るな、と、言いたい。しかしここには桐生以外も大勢いるので、茜は天使のような笑顔を浮かべるしかない。

「お疲れ様です」
「今日の撮影はこれで終わり?」

(どうせ私には、そんなに大量の収録はありませんよ!)

 いちいちイラっとさせる奴だと、茜は感じた。現在は、午後六時だ。

「ええ」
「俺も終わり。今日は早いんだ」

(そりゃあようございましたね! 忙しくてなにより! わざわざ『今日は』なんて言わなくてもいいじゃない!)

 笑顔のままで、茜は内心ささくれ立っていた。

「今日こそ食事行かないか? 前々から行こうって言ってただろう?」
「――え?」

 茜は続いて響いた言葉に、思わず素の声を出してしまった。確かに桐生は前々から茜に対して何故か『食事』と繰り返してきたが、茜は約束した記憶などない。絶対にプライベートでまで一緒に過ごしたくなかった。

「あら、そうだったの! 親睦を深めるにも良いわね。送るわよ!」

 すると酒本が嬉しそうな声を上げた。

(おい。私は行くなんて言ってないよ……。大体キス魔と深めたい親睦なんか無い)

「よろしくお願いします」

 桐生が酒本に対して微笑した。酒本さんはにこやかだ。

「桐生くんよ、明日は久しぶりのオフだし、楽しんでくるのは良いが、あんまりハメを外して撮られるなよ」

 そこへ桐生のマネージャーの高畑が声を挟んだ。

(とめてよ……)

 だが周囲を見回すとスタッフさん達の多くが、茜達を微笑ましそうに見守っている。どうやらオカルトタレント同士、MCをどちらにするかという件もあり、当初周囲は茜と桐生が険悪だったらどうしようかと悩んでいたらしい。茜としては勿論険悪だ。

(みんなの前で出さないだけなのに!)

 しかしそのまま流れで、茜は桐生と共に食事に行く事に決まってしまった。何故だ……と、憂鬱な気持ちになる。酒本に来るまで送られて、茜と桐生は、収録したビルからほど近い個室レストランへ向かう事となった。

「なに飲む?」
「桐生さんは?」
「口調、いつも通りでいいよ」
「……これが、私の『いつも』です」
「またまたぁ」
「……桐生」
「そう、そう、それそれ。俺、茜に名前呼ばれるとキュンとする」
「黙れ。気持ち悪いなぁ!」

(なんなの。こいつ!)

「俺はコーラ。で、茜は?」
「……ウーロン茶」
「了解。何か食べたいものはあるか?」
「豆腐」
「じゃあ豆腐サラダにしよう。他は適当に頼むぞ」

 桐生が店員の呼び出しボタンを押した。

 茜と違って飲みなれているのかもしれないが、注文の頼み方だったり茜への聞き方だったりが、とても手馴れていてサクサクと進んでいく。

「乾杯」
「……乾杯」

 すぐに飲み物が届いたので、二人はグラスを合わせた。

「このご時世に、心霊番組っていうのも珍しいよな」

 桐生が雑談を振ってきた。それは茜も同様の事を思うので、頷いておく。

「だけど茜とMCができて、俺は嬉しいよ」
「へぇ」
「茜も俺と一緒で嬉しいだろ?」
「別に」
「――視聴率的に」
「うるさい」
「……茜にとって、俺って無価値?」
「は?」

(何が言いたいの……?)

 茜はウーロン茶を飲みながら、目を据わらせた。すると桐生が寂しそうな顔をした。

「俺としては、茜と仲良くなりたいし、茜の中で特別になりたいんだけどな」
「特別? 安心して。特別にライバル視はしている」
「ライバルかぁ。対立方向で特別でもなぁ……」

 そんなやりとりをしている間に、料理が全て届いた。桐生は串焼きの盛り合わせから竹串を箸で外しつつ、嘆息している。茜は豆腐サラダを見ていた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう。桐生も食べて」

 この桐生のマメさというか恭しさは、意中の相手を口説き落とそうとしている人という雰囲気だ。茜には無いものである。

「茜は素の方が良いな」
「言わないでよ、他の人に」
「なにを?」
「その……私が猫をかぶってるって」
「あーね。俺だけが知ってれば良いというか、その方が親しみを感じるから言わないよ」

 なんだそれはと考えて、疲れてきた茜は、グイとウーロン茶を飲み込んだ。美味しい。

「俺さ、ずっと茜の事ばっかり考えてるんだ」
「は?」
「あんまりにも、美味しかったから」
「だから、は?」
「茜の『気』――日常的に欲しいなぁって」
「桐生……あなた、自分がおかしいって思わないの?」
「全然」

 頭痛がするというのは、この事だろう。
 茜は二杯目を注文する事に決めた。

 その後も茜は桐生の戯言に付き合い続けた。

「お願い、茜! キスさせて」
「ふざけないで!」
「茜がいないと、俺の体はもうダメなんだ!」
「語弊のある言い方をしないで!」

 あの桐生が、こんな中身だと知ったら、世間の女性ファンは全滅すると茜は思う。いっそう、そうなればいいのにと考えた。ただし己に絡むのは御免だ。

「そろそろ帰りましょう」

 茜が言うと、桐生がじっと茜を見た。
 そして立ち上がると、茜の隣に立った。

「な、なに? ……!」

 それから不意に、掠め取るように茜にキスをした。

「! なにするの!」
「ごちそうさま」

 言いたいことは色々あったが、茜は家の車を呼んで帰った。