数日後。

 茜は事務所で、冬に撮影が行われる映画の台本を受け取った。

 ……W主演。経緯はどうあれ、初の主演だ、嬉しくないわけではない。

 本当はいつか実力で勝ち取りたかったが……家族――主に祖父の応援もあり、茜はわりきって頑張る決意を固めた。呪鏡屋敷の件は、慎夜と心霊協会に任せて良いのだと、繰り返し祖父からは念を押されている。

 顔合わせが行われる前に、台本に目を通しておくように言われた。顔合わせは来週だ。パラリと台本を捲りながら、茜はソファに腰掛けている。事務所の控え室でお茶を飲みながら、茜は頭に内容を入れる事にした。

「AKANE!」

 そこへ酒本がやって来た。茜が顔を上げて目を向けると、満面の笑みの酒本が視界に入った。

「この前の心霊特番、例の廃病院の所がPV数が一位だったの! 大好評よ!」
「本当ですか……」

 台本を閉じながら、茜は複雑な心境になった。PV数が良いのも好評なのも嬉しいが、茜としては心霊特番は正直、やりたくない下積みの一つだ。

「それでね、深夜枠と動画、Web配信でシリーズ化するっていう話が入ったの。本当に良かったわね! そちらも好評だったら、ゴールデンに進出するという話になってるのよ」
「えっ」
「ただ――その件で、ちょっと話があって」

 酒本は茜の前に座ると、声を潜めた。

「実はその番組、初回のゲストを桐生くんにしようという案があったらしいの」
「……」

(また、桐生か……)

 茜は顔が引きつりそうになった。しかし頑張って笑顔を浮かべる。

「そうしたら桐生くん、意外にも乗り気で、MCも希望しているんですって」
「そうですか……じゃあ、やる事がかぶるし、私は下ろされるんじゃ?」
「ううん。それがね、映画の宣伝にもなるからという事で、AKANEと二人で担当したいって言うの」
「え……」
「スポンサーも同じ系列だし、丁度良いと乗り気なのよねぇ。それで、ただね、困った事があって。MCをするにしても、初回のロケは、桐生くんに行ってもらう事で決まってるらしいんだけど……その……」

 言いにくそうに酒本が口ごもった。それから茜をまじまじと見た。

「ちょっと桐生くんには荷が重い場所かもしれないって話で、プロデューサーが、こちらとあちらの事務所に話を通して、AKANEも一緒にロケに行って欲しいという事になってて」
「へ?」
「呪鏡屋敷のロケがあったバラエティの話、プロデューサーの耳に入ってたみたいなの」

(なんで私が……)

 叫び出したくなるというのは、この事だろうと茜は感じた。

「荷が重いって、どういう……?」
「出るホテルみたいなのよね……」
「はぁ……でも、私も視えるだけなので……場所は?」
「陸の孤島」
「え?」
「砕果島という小さい島で、住人は今はゼロで……朽ちた村と、嘗てのリゾート開発で建設された廃ホテルがあるだけらしいの。船で行く事になるわ」

 それでは奏を連れて行くというのは絶対に無理だ。そもそも、これ以上家族に迷惑をかけるわけにもいかないだろう。茜は顔を顰めそうになったが堪えた。

「AKANEだけが頼りなのよ! お願い、一緒に頑張りましょう! これも大切なお仕事よ!」

 酒本に対して、茜は何も返す事が出来なかった。


 ――映画の打ち合わせの日が訪れた。茜は台本も頭に入れたが、それよりも心霊特番のロケについてが気になっていた。一人一人紹介され、挨拶をしていく中で、茜は必死に天使のような笑みを浮かべつつ、内心では苛立っていた。

「桐生遥斗です。若輩者ですが、よろしくお願いします」

 桐生が挨拶をした。みんなキラキラした瞳を向けている。非常に憎々しいと思ったが、確かに桐生は格好良い。それは認めようと茜も思う。

 その日は挨拶が終わってからは、簡単な日程の確認をして終了となった。茜は真面目に聞きつつも、桐生の事が気になっていた。一体、桐生本人はどういう心境なのだろうか。多少は罪悪感がある事を祈った。

 桐生と目が合ったのは、顔合わせが終了した時の事だった。目が合うと、桐生は、スっと双眸を細くしてから、静かに微笑した。

(なんでこいつは笑ってるの!)

 なにも面白くない。茜には不愉快な出来事続きだ。表情筋を叱咤して微笑を返した茜は、自分が偉いと思った。


 ロケに旅立つ事になったのは、その二週間後、秋の初めの事である。
 既に呪鏡屋敷の結界は張り直されたそうだ。

 茜はリビングに荷物を広げて準備をしていた。
 するとそこへ、奏がやって来た。

「あれ? どこか行くの?」
「ええ。急なロケが入ってな」

 急というほどでもないが、茜の中では青天の霹靂と言える。

「良かったじゃん」
「……夏の特番の評判が、思ったより良かったらしくて……また、心霊番組のロケ。放送は深夜枠及び動画、Web配信」

 答えながら茜は、慎重に服を検討した。いついかなる時も、装いは綺麗でいたい。

「服は用意してもらえないの?」
「――滞在中の私服を検討しているの」
「適当じゃダメなの?」
「ダメなの。今回だけは絶対にダメ」

 茜はオカルト路線で桐生に勝ちたいわけではないのである。
(存在感で勝たなければ……!)

「桐生と一緒のロケだから。負けるわけにはいかない。存在感において、私は勝つ!」
「男子と女子じゃ服装は違うと思うけどね? あれ、映画以外でも共演するんだ?」

 首を傾げている奏を見ながら、茜は溜息をついた。

「――呪鏡屋敷よりはマシで私にも対処可能な……とはいえ、桐生にはどう考えても荷が重い場所にロケへと行くの。呪鏡屋敷の件を聞いたプロデューサーが、私の事務所とあちらの事務所に話を通したらしいの……」

 本当は己に対処可能かは怪しかったが、奏に心配をかけるわけにもいかないので、茜は見栄をはった。

「大変そうだけど、桐生さんが出るなら、視聴率が高いだろうし、茜が今より売れるチャンスが来るかも知れないよ。応援してる」

 応援は嬉しいが、一言余計である。茜は悔しくなって、じっと奏を見た。

「……別に桐生の力なんか借りなくても、私は自力で……む、むしろ私が手伝ってやるの。いい迷惑!」
「あれ? でも、もう心霊番組の季節は終わったんじゃないの? もう冬の準備?」
「ううん。夏の特番の評判が良かったから、試しに深夜とWebその他で少し展開して、軌道に乗ったら、心霊バラエティとして続けるそうだ。ゴールデンタイムに」

 茜の言葉に奏が目を見開いた。

「すごい! 茜の時代が来るかも知れない!」
「だから、待って! 私は、女優志望で、演技がしたいんであって、オカルト路線で行きたいわけじゃないの!」

 思わず叫んで、茜は近くにあったタオルを奏に投げつけた。すると華麗にキャッチされて、それは折りたたまれた。その後奏は、茜の旅支度を手伝ってくれた。