その後ロケの日が訪れた。

 こうして茜と桐生は、スタッフ達と共に、青苗スキー場へと向かった。なんでもここの中腹にあるロッジに、夜になると女性の幽霊が出るのだという。昔、ここの女子トイレで自殺した女性の霊だ……と、台本には書いてあった。

 ただ今回のロケは、砕果島の時とは異なり、青苗スキー場が今年からリニューアルオープンしたため、その宣伝色が濃い。主に台本にも、日中の桐生の、新設されたパークでのスノボ風景や、茜による食堂のメニュー紹介、茜と桐生セットでのスキー場のマスコットの青いペンギンの着ぐるみを着た人との撮影などが書かれている。

「桐生はスノボが出来るの?」
「まぁな。雪国育ちというのもあるけど、比較的得意だ」
「ふぅん。私も嫌いじゃないけど、なんで私は食堂なんだろうね?」
「お。じゃあ、一緒に滑って、一緒にカレー食べる?」
「私はそれでもいいけど、台本があるし……」

 そんな事を話していると、運転していた酒本が明るい声を出した。

「多少の変更は構わないわよ?」
「そうだなぁ」

 助手席にいる高畑も同意した。高畑は、タブレット操作をして、仕事をしている。運転は酒本が専任している。このようにして、茜達はスキー場へと到着した。

 まずはスノボ風景の撮影という事になったので、茜と桐生は用意されていたウェアを身に着け、ボードを借りて、スノボパークへと向かった。

「茜にいいところ見せようと思ってたんだけどな」
「言ってなさい」

 茜は実際、結構自信がある。彩時市もかなり雪が深いからだ。しかしまずはお手並み拝見と思って、見守る。すると桐生は中々だった。だが、これならば、敗北はないと茜は踏んだ。茜はジャンプを決めたのである。

「へぇ、やるじゃん。茜にこんな才能があったとは」
「桐生こそ中々だね」
「――これは?」

 すると桐生がダブルコークを決めた。茜はポカンとした。そんなこんなで、茜達は気づくと撮影を忘れて、スノボをして遊んでいた……が、そこはカメラさんがばっちりと撮影してくれていた様子で、時間が来ると、茜達は食堂に案内された。その指定の時間帯は、撮影のために、食堂は貸し切りだった。名物だというカレーは……正直市販ルーの普通の味だったが、茜は天使の笑みで美味しいと語っておいた。桐生は笑顔だったが何も言わなかった。最後にペンギンの着ぐるみと撮影をしつつ、スキー場のオープン時間などを収録し、茜達の一日は終わっ――たのではなく、その後が本番だった。

 特別な許可を得て、普段の日中は閉鎖される中腹のロッジに、茜達二人とスタッフ達で向かった。中に入ってすぐ、まだ日がある内に、茜達は台本通りに女子トイレなどを撮影した。茜は台本通りの台詞を述べたが、待機場所であるロッジの中央のストーブの前に座った時から、チラチラと右奥の天井間際を見てしまった。

(……いる。……もっとやばいのが、いる)

 完全に茜の顔は引きつっていた。そこには、はっきりと目視可能なほどに禍々しい力を持つ巨大な霊がはりついていた。一見すると黒い影だが、何体もの浮幽霊を吸収しているようで、全身に顔がいくつも接着している。その中には女性の歪んだ顔もあるから、女子トイレの話もデマではないのかもしれないが、よりやばいのは、この巨大霊本体だ。

 茜だけでなく霊感がほぼないスタッフさん達の中にも視えちゃっている人が複数人いるようだった。平気な顔をしている桐生を、茜はチラッと見た。茜の虹陰寺経文では絶対立ち向かっても負けるが、桐生ならば勝てるだろう。だが、桐生がこの番組で放映される範囲で陰陽道の術を使った事は一度も無い。

(どうするつもりなんだろう?)

 茜は桐生を、じーっと見てしまった。それからまた、チラッと天井を見上げた。

「茜、怖い?」
「な」

 するとその時、腕の袖を引っ張って、よく通る声で言われた。驚きすぎて、目を丸くしてしまった。

(怖いか怖くないかと言えば、当然怖いに決まっているでしょうが!)

「言うまでもないと思いますが?」

 カメラを意識して、茜は口調を取り繕った。

「そうだな」

 すると唇の両端を持ち上げて、珍しく桐生が呪符を取り出した。驚いて茜はそちらを見る。それを二本の指で格好良く桐生が天井に向かって放った。すると途中でそれらが鷹になり、巨大霊にぶつかった瞬間には火花となった。

「桐生」
「ん?」
「火事になったらどうするの。危ないでしょ」
「えー。そこは、格好良いー、じゃないの?」
「式神の火だって危ないものは危ないから! 大体、力があるんだからいつも使いなさい」

 思わず茜はボソッと言った。それから溜息をついて、桐生にしか聞こえないように言った。

「格好良いのはいつもでしょ、言われなくても分かってよ」

 ――こうして、茜達のロケは終了し、翌朝には車に乗って戻る事になった。


 さて。
 放送日。

『大体、力があるんだからいつも使いなさい』

 茜は、流れたロケの映像を見て、気が遠くなりそうになった。天使の上辺が崩れている茜の姿がばっちりと撮られていたのである。

(泣きたい。私のイメージが!!)

 しかしながら、この放送は、比較的人気だった。桐生の実力が判明したとして、非常に好評だった上、茜も冷静だと称えられた。嬉しいような、嬉しくないようなと思う。桐生は隠された実力があるという噂が急速に広まり、だから普段はあえて見せないなどと言われ始めた。これは事実に非常に近い。

 非常に複雑な気分で乗り切ったロケと、放映であった。