お正月が来た。

 どころか、現在は一月の十日だ。ここまでの間茜は何をしていたか――それは、桐生に押し倒されていた以外の言及が難しい。漸く彩時市に茜が戻ったのは、一月十三日の事だった。

 奏は現在出かけているらしい。戻ってきたら、桐生の事を話そうと茜は考えた。
 そう考えていると、父と祖父が、揃って何か言いたそうに茜を見た。

「ところでさ、茜?」
「なに?」

 切り出したのは、父だった茜が首を傾げると、両腕を組み、目を眇めて父が言った。

「その狐耳と尻尾は何?」
「えっ」

 桐生はみんなには視えないと話していた。それに現在は、茜自身にも見えない。だから狼狽えてしまった。

「して、喰らわれたのか?」

 祖父は神妙な面持ちをしている。
 茜は視線を彷徨わせた。

「ただいまー!」

 そこに奏の声が響いた。茜は救世主だと確信し、立ち上がった。

「悪いな、奏に話があるんだ」
「茜、待ちなさい」
「そうじゃ。待て」
「無理!」

 茜は二人を振り切って、玄関に急いだ。すると靴を脱いだ奏が茜を見た。

「あ、帰ってたんだね。撮影、というか、その後の友達の家? 長かったね」
「え、ええ」
「ずっとその家にいたの?」
「そうだよ。ほぼずっとアイツと二人きりだった」
「ふぅん? お正月は心霊特番の撮影が無かったの?」
「事前に撮影済みだったの。明日からも撮影」
「そっか。という事は、ついに女優に転身! ってなって、成功したわけじゃなく、まだ心霊特番もやるんだね」
「……っ、そ、それだって大切な仕事の一つだけど! そ、それより! 話があるの! ちょっと来て、聞いて!」

 茜は奏の肩を掴んだ。そして強引に、二階の茜の部屋へと連れていった。
 勝手知ったる調子で、奏がソファに座る。茜は机の前の椅子に座った。

「話? なになに? ついに主演を今度は一人でやるとか?」
「違う! その、もっと重大な話なの」
「え!? これよりも重大!? なにそれ!?」
「こ、恋人ができた」
「えー!? そ、それ、本当!?」
「うん、本当」
「――ん? あれ、待って? 確か友達の家にずっと二人でいたんでしょう? そ、それって……それってまさか、その人と恋人同士になったって事? 念のために聞くけど、桐生さんの家にいたんだよね? アイツって桐生さんだよね!? え、え!?」

 奏は鋭い。茜の事には、変なカンを発揮する場合がある。茜は両手で顔を覆った。
 それから茜が指の合間からチラリと見ると、一人で奏が派手に照れていた。

「でも、週刊誌とかには売らないでよ?」
「売らないよ! っていうか、売れるの……? あ、桐生さんは人気があるしね」
「私だってちょっとはあるんだよ!」
「ちょっと」
「う……」

 茜は手を下ろして、奏に向かって改めて視線を向けた。

「まぁそういうわけだから、あなたには伝えておこうと思うんだけど」
「うん。ありがとう、茜。今度紹介して」
「うん、それは――……検討しておくね」

 茜は濁した。頷こうかと思ったが、桐生は強い霊力が好きなわけで、奏に会わせたら、見た目自体は自分達は双子だから同じだし、より力の強い奏に惚れてしまうのではないかと怖くなったので、即答は避けた。男同士だって分からない。桐生にフラれたら、悔しいが今の己は泣いてしまう自信が茜にはあったからだ。


 ――翌日。

 早速心霊番組の撮影があった。茜と桐生がMCを務める番組だ。今回のロケ地は雪の中に並ぶ地蔵で、映像を見ながら、奏と桐生は解説した。一気に日常が戻ってきた気分だ。地蔵ロケに行ったのは、奏の事務所の新人らしかった。まだ茜は挨拶していないが、中々のイケメンだったからチェックしておく必要があるかもしれない。名前は、時塔というそうだった。

 それが終わった時、酒本と、桐生のマネージャーの高畑が歩み寄ってきた。

「あのね、AKANE、桐生くん! 今、プロデューサーからお話があったんだけど、また二人に直接ロケに行ってほしいって事になったの」

 その言葉に、奏と桐生は視線を交わしてから、それぞれ向き直った。

「桐生くんよ。桐生くんのスケジュールは空けられる」

 高畑が補足する。なお、茜はいつでも空いているに等しい。

「二月の予定だから、二人とも宜しくね!」
「茜さえOKなら、俺は構いませんよ」
「わ、私も大丈夫です」

 奏は久方ぶりに天使の上辺を取り繕った。なんだかこの表情をする事自体が久しぶりだ。こうして奏達のこの日の撮影は終わり、次の仕事も決まった。

 去年までだと、この後は、桐生と二人で居酒屋に行く事が多かった。多いというほどでもないかもしれないが、記憶上、奏的には多い方だ。

「茜、食事をしないか?」
「ええ」

 誘われたので奏は頷いたし、周囲もそんな二人を温かく見送ってくれた。酒本が送ってくれると言ったのだが、珍しく桐生が断った。

 不思議に思っていると、タクシーに乗ってすぐ、桐生は居酒屋ではなく、マンションの所在地を告げた。茜は――異論を唱えなかった。そのまま素直に、桐生の家についていった。二人でエントランスホールを抜けて、目的の階につき、ドアを開けて中に入る。そして施錠音がしてすぐ、桐生が茜を抱き寄せた。強く腰を抱き寄せられ、顔を向けるとそのまま深く口づけられた。突然の事だったし、抵抗しかかったが、茜は自分を制して目を伏せる。キスをするのは、嫌ではない。何故ならば、桐生の事が好きなのだから。

「食事は?」
「今作る。茜は出前の方がいい?」
「どっちでもいい」
「じゃ、作る。茜と食べたいと思って、材料取り寄せといたんだよ」

 この日茜は、海鮮鍋をご馳走になってから、夜遅くに帰宅した。

 何か言いたそうな顔をして出迎えてくれた父だが、何も言われなかったので、茜はホッとした。