――本格的に夏が来た。

 今日は、もうすぐオープンする、彩時市ハイランドというテーマパークのポスターの撮影だった。専属モデルをしている雑誌以外の撮影は、久しぶりだ。その他は、夏の心霊特番のロケばかりである。

 地元での撮影を現地で終えて、茜はその後、スタジオへと向かう事になった。心霊特番は、テレビで放送されるものもあるが、大半はWebで配信される。しかしこれも貴重な下積みに違いない。

(違いないよね……?)

 そんな中で、本日は貴重な、テレビで放送される番組の収録である。先日行ったロケが放送される。茜は久しぶりにテレビ局に足を踏み入れた。これから共演者の所に挨拶に行かなければならない。酒本の一歩後ろを進みながら、茜は気づかれないように溜息を押し殺した。

「あ」

 その時、間抜けな声がした。なんだろうかと、茜は顔を上げる。すると前方から歩いてきた青年が茜を見て、サングラスをずらしたところだった。昨日、奏が着ていたのと同じ私服を着用しているが、さすがにその服が載っていた雑誌の読者モデルあがりだけあって堂に入っている……――と、茜は瞬時に考えつつ、天使のような微笑を心がけて立ち止まった。

 内心は腸が煮えくり返りそうだったが。

 前方からやって来たのは、桐生遥斗(きりゅうはると)という、茜と同世代の俳優だった。桐生は奏が好きな雑誌の読者モデルだったのだが、その雑誌のコンテストでグランプリを取り、俳優デビューした強者である。非常に顔面が整っている。

 茜は軽く会釈し道を譲った。
 現在、茜と同世代の中学生の、男性俳優のナンバー1の実力者は、紛れもなく桐生だ。
 茜とデビューは変わらないというか、モデル歴で言うならば、茜の方が長いのだが、俳優や女優としての活動では、今のところ茜はキャリア面では圧倒的に負けている。

 事務所の力が、桐生の方が大きいというのもあるだろうが、春にはドラマの準主役ポジションを見事に務めあげた桐生を、茜とは比べものにならない華々しさがある。

(なんでこいつと顔を合わせちゃったかな……? 最悪)

 茜は桐生が大嫌いだ。桐生はなんと、プロフィールに『霊感があります』と書いているのである。茜がやりたくもないのにオカルト路線を歩まされているのとは逆に、桐生は霊感をネタにしている。

 しかし茜から見ると、桐生に霊能力は無い。視えているのかも怪しい。

「珍しいな、AKANE」

 朗らかな笑顔で、桐生が茜に言った。桐生の、己に対して馴れ馴れしいところも、茜は嫌いだ。

(テレビ局にいるのが『珍しい』って、事実だが失礼じゃない!)

「ご無沙汰してます、桐生さん」

 それでも茜は天使のような笑みを心がけた。

「今日は何の撮影?」
「――心霊特番の撮影です」
「俺は夏公開の映画の宣伝。で、俺も今から他局だけど、バラエティのロケで心霊スポットに行ってくるんだ。あー、もうちょっと早ければなぁ、たまにはAKANEと食事でもと思うんだけど」

 桐生はさりげなく、映画の宣伝という言葉を放った。茜にはそれが、自慢に聞こえた。茜はこめかみに青筋が浮かびそうになったが、心が狭いなど天使らしくないので、笑顔でかわす。絶対に桐生と食事になんか行きたくない。プライベートで付き合う気などない。

「じゃ、また」

 茜の隣を桐生が通り過ぎていく。

(さっさと歩き去れ!)

 茜は桐生の後ろ姿を軽く睨みながら見送った。

(全く。ちょっと売れてるからって調子に乗らないでほしいんだけど。すぐに追い越してやるんだから)

 その後、茜は挨拶回りと番組の収録へと向かった。


 ――心霊特番の収録現場というのは、意外と浮遊霊が多い。茜は見て見ぬフリをしながらのりきり、その帰りに事務所へと顔を出す事にした。実は茜は、秋には連ドラへの出演が決まっている。通行人Cという名前の無い役であるが、茜にとっては貴重である。台本を何度も確認しながら、茜は撮影に臨んだのだったりする。

「AKANE! 大変なんだ」
「はい?」

 事務所の中に入ると早々に、社長が顔を出した。何事かと思っていると、ハンドタオルで汗を拭きながら、禿頭の社長が茜を見た。

「来年公開の映画の主演が決まった」
「へ?」

 突然の話に、茜は虚を突かれた。

「W主演で、その件で今、もう一人の主演の事務所の社長が来ているんだ」
「え、え? 私が主演ですか? もう一人は誰ですか?」
「――桐生遥斗くんだよ」
「は?」

 茜は天使にあるまじきことに、ポカンとしてしまった。呆気にとられるしかない。

「オーディションも何もしてないですが……え、えっと……」
「制作会社やスポンサーの意向もあるそうでね、何より桐生くんの事務所も、どうしてもAKANEが良いと話していて――そういうわけで今、あちらの社長がいらしてるんだ」
「えっ」

 狼狽えるなという方が無理だった。だがそのまま、茜は応接室へと促された。するとそこには、緑色の扇子を片手にした、桐生の事務所の社長が座っていた。

「これはこれは、AKANEさん! ご活躍はかねがね!」
「……AKANEです。よろしくお願いします……」

 おずおずと促されて、茜はソファに座った。するとバシンと扇子を閉じて、来客者が言った。

「『呪鏡屋敷』にはノータッチでお願いしますね」
「へ?」

 突然すぎる言葉で、茜には意味が分からなかった。呪鏡屋敷というのは、彩時市に存在するお化け屋敷だ。二階に呪いの鏡がある元民家である。茜の虹陰寺家の他、彩時市に存在する心霊協会の人々で、強固な結界を構築して封じている存在だ。

「今日、うちの桐生がロケに行ったんだけど、ちょっとねぇ」
「え、あそこにロケですか?」

 茜から見ると、自殺行為である。茜は目を見開いた。すると困ったように、頷かれた。

「結界、っていうのかな? 破っちゃったようでねぇ……こちらからも専門の人間を手配しているから、虹陰寺家には動かないで欲しいんだ」
「あの、映画のお話じゃ?」
「――ああ、そうそう。そうだったね。桐生と一緒に主演を務めて欲しいんだ。だからくれぐれも、お家の方々には動かないよう、よろしくね。既に連絡はしてある」

 茜は最初、事態が飲み込めなかった。