「今日はお疲れ様でした! 次もよろしくお願いしまーす!」

 スタッフの声がした。
 これにて、本日の撮影は終わりだ……と、思い、どっと疲れて、茜は僅かによろけた。

「よく頑張ったわね」

 すると酒本が茜に、タオルを渡した。

「有難うございます」

 受け取り、茜は首に冷たいタオルを当てた。現在は秋と冬の中間――都内では秋、彩時市ではもうほとんど冬なのだが、体が熱いため、冷たいタオルが心地良い。

「茜」

 そこへ桐生が歩み寄ってきた。

「少し今後の事で打ち合わせがしたいから、向こうで話せないか?」
「……え、ええ。構いませんけど」

 撮影は終わったし、人目もあるので、茜は猫をかぶった。すると酒本も笑顔になった。

「いってらっしゃい。待ってるわね」
「有難うございます」
「行こう」

 桐生が強引に茜の手を取った。手を掴まれて茜は驚きつつも、その後に従う。桐生は控え室になっていたカフェの裏手のビルへと茜を促した。スタッフ達が朝使っていた場所だから、残りは撤収作業まで人は来ない。じっくり話すには丁度いいかと思いながら、茜は桐生が鍵をかけたのを壁際に立って見ていた。

「茜」

 ガン、と、音がした。

 気づいた瞬間には、一気に間合いを詰められていて、茜は桐生に――何故か壁ドンされていた。桐生は強く壁を叩いた後、じっと茜を覗き込んできた。

「俺の事、煽り過ぎ」
「……すみません」

 演技が悪かったという事か、だとしても、そこまで怒る事かと考える。

(桐生は監督でもプロデューサーでもないし、OKも出てるのに!)

 そう茜は思いつつも、初めての長丁場の演技であるから不安に思って、桐生の顔を上目遣いで見た。

「だって台本と違ったし、あれでも私は私なりに――」
「違う、演技の話じゃない」
「へ?」
「今日ずっとゾクゾクしてた。させられたんだよ、俺は。責任を取ってくれ」
「は?」
「迫力ある茜は、いつも以上に美味そうで困る。もう無理だ」
「ちょ――……!」

 桐生は強引に茜の顎を掴むと、急にキスをしてきた。するとカクンと茜の体から力が抜けた。今までで一番強引なキスだった。そして茜の体から力が抜けていった速度も、最速だった。

「茜が悪い」
「ふ、巫山戯ないで……!」

 立っていられなくなった茜を、桐生が壁に縫い付ける。

 そしてまたキスをされる。すると一気にガクンとさらに体から力が抜けた。茜はもう何もする気力が起きず、そのままぐったりと床に横たわった。気持ち良すぎた。

 必死で呼吸を落ちつけていると、桐生が茜を見た。

「……」
「……馬鹿……馬鹿! なにするのよ……今後の打ち合わせって……――!」

 口でだけでも抗議しようと、茜は桐生を見た。そして言葉を飲み込んだ。そこにあった桐生の瞳は、撮影中にも見た、獰猛な光を宿していたのだ。茜は気圧された。不意打ちだったから尚更である。

「美味しかった」
「……」
「打ち合わせはやっぱり必要だ。俺、撮影中にお前を襲わない自信が消えつつある」
「今既に襲ったでしょうが……! は、早く戻らないと、酒本さんが変に思うし……っ、服……なにしてくれてるのよ……本当……」

 茜は何とか視線を逸らした。だが桐生の視線が頭から離れず、心臓がバクバクと煩い。口からも、泣き言しか出てこない。

「……うん。ごめん」

 それにしても体からは力が抜けてしまった。

「どうしよう――ぎっくり腰設定にでもする? 私がぎっくり腰になった事にして、桐生が背負うとか。どうせ明日から暫くは、また私の撮影は無いし」

 疲れた声で茜が述べた。
 すると桐生が首を振る。

「いいや。体に力が入るようになればいいんだろう?」
「ん? うん、勿論」
「俺が気を取りすぎたのが原因だから、茜が俺の気を取れば動けるようになる」
「へ? どうやって? 虹陰寺にはそんな術は無いけど?」
「キスで良いよ。俺が流し込むから」
「分かった……」

 茜は折れた。立てないのは困る。茜は我慢して目を閉じた。すると桐生が、茜の唇に触れるだけのキスをした。

「普通、術者が気――力を渡す相手は、基本的に式神となるから、やりすぎると、茜は俺の式神になってしまうんだ」
「桐生、……もっと……」

 気づくと茜は、桐生に抱きついていた。そして桐生の唇に迫っていた。

 ――!?

 体には力が入るようになったのだが、思考と動きが一致しない。

「桐生、キスして……」
「チ」

 桐生が舌打ちした。それから再び深々と茜の唇を貪った。この頃になると、思考も、桐生にキスされたいという欲求一色に変わった。そのまま二人は長い間キスをしていた。そして――……。