茜の次の仕事は、三日後だった。

 その帰り道、酒本が茜に言った。

「ところでAKANE、あえてこのロケが終わるまではと思って訊かなかったんだけど、桐生くんのお宅にお邪魔したんだって?」

「……その……」

 茜は後部座席で俯いた。すると運転をしている酒本が吹き出した。

「親しくなってくれるのは全然歓迎なのよ? ただ、きちんと私やご家族には連絡をしてね」
「……申し訳ありませんでした」
「怒ってるわけじゃないのよ。ほら? AKANEも桐生君も、今が旬じゃない? 二人がもしも、なんていう噂がたったら困るでしょう?」
「それは無いです。私は桐生さんともしもなんてことにはなりません」

 酒本が苦笑した。茜も作り笑いを返しておいた。

 少なくとも、桐生と己がどうにかなったとは疑われていないようで、心底ホッとしてしまった。

 その日はそれで終わり、真っ直ぐに茜は帰宅した。とは言っても、既に夜だ。
 すると奏がリビングにいた。

「ねぇ、茜」
「なに?」
「僕は茜に隠し事はしたくないんだけどね」
「安心して。奏は、したくなくても、私から見ると顔に出てる」
「……言えない事もあるんだよ……茜は子供だから」
「は? 私がいつあなたより子供になったと言うの!」

 茜が苛立つと、奏がこれ見よがしに溜息をついた。

(なに、この反応。反抗期?)

「じゃあなに? 奏は大人だっていうのか? 一体どこが?」
「僕は、その……ええと……好きな人が出来て……」
「へ?」

 予想外の言葉に茜は目を剥いた。

「す、好きな!?」
「……その……まだ片想いだから……」
「!?」

 驚愕しすぎて言葉が出てこない。先日やっと友達が出来たと思っていたら、今度は恋人ができそうだという事だ。茜から見ると、急展開すぎた。

「ま、待って――ねぇ、相手はどんな人?」
「う、うん……その……学校の同級生」
「え!? 持ち上がり進学組? 誰? 私の知ってる人?」

 茜は高速で過去のクラスメイト達の顔を思い出した。すると奏がふるふると首を振った。

「外部入学」
「そ、そうか……で? 脈はありそうなの?」
「無いんだけど……仲は良いよ」
「安心するといいよ。あなたは私とほぼ同じ顔だもの。とにかく押すこと! 私はモテる。だから奏だってモテるはずだ。ただあなたは少しだけ内向的過ぎるんだ。なのに何故か上目線に映るんだけどね、それが」
「……」
「既に親しくなれているだけでも奇跡。この機会を逃しちゃダメ!」

 茜が断言すると、奏がじーっと茜を見た。それからボソッと言った。

「茜だって恋人がいた事無いじゃん」
「う……わ、私は! ずっとモデルもしていたし、撮られると困るから……そ、それだけだ! 告白は何度もされた事がある!」
「でもキスもしたことないでしょ?」

 それを聞いて、茜は思わず声を上げた。

「ある!」

 事実だ。嘘ではない。相手は思い出したくもないが、弟の前では見栄をはりたかった。

「えっ!?」

 奏は茜の言葉に衝撃を受けたように目を見開いた。

「ど、どうだった!?」
「え、えっと……」

 思い出したら、茜は口走った事すら恥ずかしくなってしまい、思わず赤面した。しかし見栄をはった手前、続けなければと焦った。

「そ、その……だから、ええと……」
「茜、こ、恋人がいたの!?」
「違う、断じて違う!」
「恋人じゃないの!? そんなの不純だよ!」
「そ、そうじゃない、違う、違うの……と、とにかく! 私にも色々あるの!」

 そんなやりとりをしているうちに、虹陰寺家に到着した。
 茜は脱兎の如し勢いで、自室へと逃げる事に決めたのだった。