翌朝、あの刺客の男にどういうわけか全てを話してしまった私は、寝不足のまま寝台から起き上がることになったのです。

 男は話を聞き終えると、あっという間に窓から居なくなってしまいました。
 私の自室は二階で、しかも邸の周りは警備のものがいるはずですのに、騒ぎになることもなく去って行ったのです。
 
「不思議な人ね」

 侍女を呼んで朝の支度をしている最中も、私はひどい眠気に襲われて何度も船を漕ぎ、侍女から体調不良を心配されたほどです。

「おはようございます。お父様、お母様」
「おはよう、エレノア」
「おはよう。あら、目が腫れているけれどどうしたの?」

 さすがお母様は鋭いですわね。
 寝不足で、そして不覚にも涙を流してしまった私の変化にお気づきなのです。

「昨夜つい夢中で本を読んでしまいまして、とても悲しい本だったものですから、つい涙を流してしまったのです」

 サラリと言い訳を言うことにも演技をすることに慣れた私にとっては、簡単なことでした。

「あらあら。きちんと目を冷やしてから学院に行くのですよ。そうでなければ、きっとジョシュア様が心配なさるわ」
「そうですね。そのようにします」

 珍しいことに、お父様は私とお母様の会話をジッと聞いていらっしゃるのです。
 いつもならお話に加わりますのに、どうしたのかしら?

「エレノア、ジョシュア様とは上手くいっているのかい?」

 普段はあまりそのようなことを尋ねることがないお父様が突然おっしゃるものですから、少し驚きました。けれども私は、しっかりと微笑んで答えます。

「お父様、ジョシュア様は私にとても良くしてくださいますわ。この婚約は国王陛下の王命で、ジョシュア様は伯父である陛下のことを、とても尊んでおいでですから」

 全てが嘘ではありません。
 確かにジョシュア様は陛下を尊敬していらして、それが故に私との婚約を不本意ながらも継続しているのですから。

「……そうか。それなら良いんだけれどね。陛下は甥であるジョシュア様を可愛がっておられるし、周囲も少し甘やかし過ぎているのではないかと懸念していたんだよ。我がアルウィン家と王弟殿下の実子であるジョシュア様が結ばれることで、より国内の安定を図られるとはいえ、私ははじめこの婚約に関しては不安もあったんだ」

 お父様がジョシュア様との婚約について不安を感じていたとは知りませんでした。
 心優しい方ではあるけれど、国政ではお父様の手腕に頼りきりだという噂の国王陛下が、直接お父様に私とジョシュア様の婚約を命じられたとは聞いておりました。

「それでも、聡明なお父様が必要と判断された婚約ですもの。私は他の御令嬢と同じく、家長であるお父様に従いますわ。それに、私は婚約者であるジョシュア様のことを慕っているのですから、政略結婚とはいえ幸せです」

 私がそう言うと、お父様は困ったような笑い顔をなさいました。

「いつまでも甘えん坊だと思っていたエレノアが、随分と大人びたことを考えるようになったんだね。」
「あら、私はもう十七ですわ。いつまでも甘えん坊ではありませんわよ」

 黙って聞いていたお母様と一緒に三人で笑い合っていましたら、二人のお兄様方もいらっしゃって皆で揃って朝食を取ったのです。