「私はあのボンクラ婚約者の為に、何故ここまで苦労させられなければならないの」

 思わず溢れた言葉に、刺客の男は表情を一変し目を丸くして私を見たのです。

「ボンクラ……」

 私の言葉を何故か重ねて呟く刺客の男に、どうにもならない歯痒さをぶつけたくなっても仕方ないではありませんか。

「ボンクラですよ。あんな年増の色ボケババアに騙されて、王命である婚約者を蔑ろにする。そんな男こちらこそ願い下げですわ。異国の言葉で言う、『熨斗をつけて返してやりたい』ところです。私だって、女らしいところはありますのよ。ただ、ボンクラに披露する場も披露する気持ちもないだけで。可愛らしくないとおっしゃいますけれど、お兄様方はいつもわたしのことを可愛いと褒めてくださいますし、お父様だってこの髪と瞳を美しいと褒めてくださいます。お母様も私のことを愛らしいといつもおっしゃってくださいますわ」

「お、落ち着けって……」

「これが落ち着いてられるものですか。あのボンクラが年増の色ボケババアにうつつを抜かしたお陰で、私は謂れもないのに殺されようとしているのですよ。どうしてですの? 私はずっと努力してまいりました。あのボンクラのことを愛することは無理でも、嫌いにならないよう自分に言い聞かせて。お兄様やお父様が罪を犯すことのないように、ボンクラの所業は内密にして参りました。好きでもないボンクラのことを、まるで慕っているかのように振る舞ってきたのです。それなのに、それなのに私は貴方に殺されようとしているのです。そんなこと悲しいじゃありませんか」

 溜まりに溜まった鬱憤が吹き出して止まらなくなってしまったのです。

 肩でハアハアと呼吸をしながら言い切った私をじっと刺客の男は見つめているのです。

「分かった。アンタを殺すのはやめよう」

 思わぬ言葉を発する男に、私はとても戸惑いました。

「貴方、ドロシー嬢の放った刺客なのでしょう?そのようなこと、できっこないわ」

 もう自暴自棄になっても致し方ないほどに、理解が追いつかない状況なのです。

「できるさ。俺はアンタを気に入ったから、あの女の依頼はキャンセルだ」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた刺客の顔を初めてよく見ましたら、きっと年恰好は私と変わらぬほどではないでしょうか。
 そしてガーネットのような紅の瞳は少しつり目がちな形ではあるのですが、お顔全体は非常に整っているのです。
 そして月光のような銀髪は肩より少し下あたりまで伸ばされており、黒の髪紐で一つに縛られているのです。

「……貴方、とても美しいのね」

 窓から入る月光に照らされて、控えめに輝く銀糸のような髪とガーネットのように紅い瞳は、本当に美しかったのです。

「アンタはやっぱり男を誘惑するのが下手くそなんだな」
「どうして?」
「美しいなんて、普通男に言わないだろ」

 肩をすくめて呆れたように言う男に、私は既に警戒感を持つことを忘れてしまっていたのです。
 それほど心の底からこの見知らぬ刺客のことを、美しいと感じたのですから。

「本心を言ったまでよ。誘惑なんてするつもりないわ。ドロシー嬢じゃあるまいし」

 そう言って私は思わず身体の力を抜き、フッと笑ってしまったのです。
 すると男もつられる様に静かに笑い、是認するのです。

「さて、ドロシー嬢の依頼をキャンセルなさった貴方はこれからどうなさるおつもりかしら?」
「あいつら、消してやろうか?」

 何でもないことの様にサラリと凶暴なことをおっしゃるから思わず首肯しそうになりましたけれど、私はそのようなこと望んでいないのです。

「そんなことしなくて良いのです。ただ私は私の家族が心を痛めることがなければそれで良いのですから」

 それから後は何故か話を聞きたがる刺客の男に、これまでのあらましを説明することになったのです。